2007~2016年度のヒトの日本脳炎中和抗体保有状況ならびに日本脳炎ワクチン接種状況

2007~2016年度のヒトの日本脳炎中和抗体保有状況ならびに日本脳炎ワクチン接種状況
(IASR Vol. 38 p.159-161: 2017年8月号)
はじめに
感染症流行予測調査は, 1962年に伝染病流行予測調査事業(2000年からは感染症流行予測調査事業)として, 集団免疫の現状把握および病原体の検索等の調査を行い, 各種疫学資料と合わせて検討し, 予防接種事業の効果的な運用をはかり, さらに長期的視野に立ち総合的に疾病の流行を予測することを目的に開始された事業である。実施の主体は厚生労働省健康局結核感染症課であり, 都道府県, 地方衛生研究所, 国立感染症研究所が協力し, 血清疫学調査(感受性調査), 病原体検索(感染源調査)を全国規模で実施している。
本事業で実施している日本脳炎ウイルスに対する抗体測定法は中和法であるが, 2007年度よりPAP法による中和抗体測定を導入し, 現在に至っている。2016年度調査では, 東京都, 富山県, 愛知県, 三重県, 大阪府, 愛媛県の6都府県で調査を実施した。2016年度調査の詳細は, 今後発行予定の2016年度感染症流行予測調査報告書(厚生労働省健康局結核感染症課, 国立感染症研究所感染症疫学センター)を参照されたい。
年齢別日本脳炎ワクチン接種率
日本脳炎ワクチンの定期予防接種対象年齢は, 第1期が生後6か月~90か月未満, 第2期が9~13歳未満(2007年4月2日~2009年10月1日生まれの者は生後6か月~90か月未満と9歳~13歳未満の期間内であれば定期接種として第1期と第2期の接種が可能)であるが, 2005年5月30日~2010年3月31日まで日本脳炎ワクチンの積極的勧奨が行われなかったため, 1995年4月2日~2007年4月1日に生まれた者で第1期および第2期の接種が終わっていない者を対象に20歳に至るまでは, 定期接種として合計4回のワクチンを定期接種として受けることができる。
標準的な接種年齢は3歳で2回(第1期初回1回目と2回目), 4歳で1回(第1期追加), 9歳で1回追加(第2期)の計4回である。しかしながら, 2015年に千葉県で10か月齢(感染症発生動向調査の診断時月齢は11か月)の乳児で日本脳炎の症例が報告されたのを契機に, これまでの3歳よりも低年齢からの接種が実施されている。2005年まで第3期として14~15歳にさらに1回追加が行われていたが, 同年7月29日に第3期は中止となっている。
2016年度感染症流行予測調査事業に基づき報告された日本脳炎ワクチン接種率は, 53.6%(接種有857名/未接種243名/接種歴不明499名)であった。なお, 接種歴は1回以上あれば有りとした。年齢別にみると, 0歳2.6%(接種有1名/未接種28名/接種歴不明9名), 1歳5.7%(接種有5名/未接種63名/接種歴不明20名), 2歳3.4%(接種有2名/未接種40名/接種歴不明16名), 3歳50.0%(接種有25名/未接種13名/接種歴不明12名), 4歳87.1 (接種有27名/未接種4名/接種歴不明0名), 5歳92.9%(接種有26名/未接種1名/接種歴不明1名), 6歳95.7%(接種有22名/未接種0名/接種歴不明1名), 7歳96.6%(接種有28名/未接種0名/接種歴不明1名)であった。その後は年齢とともに減少した(図1)。
厚生労働省が発表している日本脳炎ワクチンの実施率を図2に示す。実施率の計算方法は, 地域保健事業報告の定期の予防接種被接種者数を分子とし, 標準的な接種年齢期間の総人口を総務省統計局推計人口(各年10月1日現在)から求め, これを12カ月相当人口に推計した人口を分母として計算したものである。2004年に日本脳炎ワクチン接種後に重篤なADEM(acute disseminated encephalomyelitis:急性散在性脳脊髄炎)症例が報告されたことから2005年5月30日~2010年3月31日まで日本脳炎ワクチンの積極的勧奨の差し控えが行われた(本号15ページ参照)。そのため, 2005~2009年度の日本脳炎ワクチンの実施率は激減した(図2)。ワクチンの製造法がマウス脳由来から細胞培養法に変更され, 2009年2月23日に乾燥細胞培養日本脳炎ワクチンが製造承認された。乾燥細胞培養日本脳炎ワクチンは2009年6月2日に発売され, 積極的勧奨の差し控えは2010年3月31日に終了し, ワクチンの供給状況を踏まえつつ, 順次積極的勧奨を再開した。2010年度のワクチン実施率は171.6%で100%を上回っている。しかしながら第2期の実施率は低い割合で推移している(図2)。
2016年度の感染症流行予測調査では6都府県, 合計1,599名について日本脳炎中和抗体価が測定された(図3)。1: 10以上の抗体保有率は, 0~5か月齢50.0%, 6~11か月齢5.9%, 1歳8.0%, 2歳15.5%, 3歳68.0%, 4歳87.1%, 5歳89.3%であった。乾燥細胞培養日本脳炎ワクチンの導入以降, 積極的勧奨が再開されたこと, 2009年(高知県)および2011年(沖縄県)に1歳の日本脳炎症例が報告されたこと等により, 医療現場において積極的なワクチン接種が実施され, 高い接種率が維持されたことで, 抗体保有率も高く維持されていることが推察される。その後, 90%程度の抗体保有率が維持されるが, 2016年度の調査では14歳の抗体保有率が低く, 他の年齢に比べワクチン接種率も低かった(図3)。積極的勧奨が差し控えられていた年齢層でもあるため, 今後注視していく必要がある。
年度別年齢/年齢群別日本脳炎中和抗体保有状況
1988年度, 1992年度, 2004年度, 2008年度, 2012年度, 2014年度, 2016年度の抗体保有状況を比較した(本号2ページ図5参照)。2016年度の0~2歳の抗体保有率は, 1988年度, 1992年度と比較すると, 著明に低下していた。2008年度の幼児の抗体保有率は, 2005年5月の積極的勧奨の差し控えの影響を強く受けて非常に低い。その後, 定期接種対象年齢の接種率の改善とともに小児における抗体保有率も改善している。一方成人においては, 40~60歳の抗体保有率の最も低い年齢群が年代とともに徐々に高い年齢層へ移動し, 2016年度の調査では55~59歳に移動している。さらに高齢の年齢層では, 年齢が上昇するとともに若干の抗体保有率の上昇が認められるものの, 近年徐々に抗体保有率は低くなっている。
まとめ
2005年5月30日に日本脳炎ワクチンの定期予防接種の積極的勧奨が差し控えとなったことから, 接種者数が激減し, 勧奨差し控え期間中に定期接種の対象となった年齢群では抗体保有率の低い状況が続いていた。しかし, 積極的勧奨の再開によって差し控え前と同等あるいはそれ以上に回復している。
2016年の熊本地震による化学及血清療法研究所(化血研)の製造設備の被害により化血研の日本脳炎ワクチンの製造量の減少が続いた。また, これまで日本脳炎ワクチンの定期接種を実施していなかった北海道でも日本脳炎ワクチンの定期接種が始まったこと, 加えて2015年の10か月齢乳児における日本脳炎の発症に基づき, 3歳よりも低年齢で接種が奨められることにより, 一時的に6か月~3歳までの年齢群すべてが接種対象者として扱われるようになった。このため, 必要ワクチン量が増加し, 相対的にワクチン供給量が逼迫している。日本脳炎ワクチンは1978年に勧奨接種として始まったことから, 日本脳炎ワクチンを過去に受けたことのある年齢群は2017年現在, 63歳よりも若い年齢層である。抗体保有率の最も低い年齢群は, 年代とともに高齢者側へ移動しており, 2016年度の調査では55~59歳群まで移動している。東南アジア等, 日本脳炎ウイルスの侵淫する地域では, 通常患者発生は5歳以下の小児と60歳以上の高齢者の二峰性を示し, 小児での患者発生の方が成人よりも多い。日本における日本脳炎患者の発生は, 小児においては日本脳炎ワクチンの接種により抑制され, 全体の発生数は非常に少ないものの高齢者が全体の大部分を占めている。最も発症者の多い年齢層は60歳以上の高齢者のため, 今後, 抗体価の低い年齢群がさらに高齢者側へ移動していくと患者発生が増加する可能性がある。日本における高齢者の日本脳炎発症を予防するために, 高齢者に対する感染予防および発症予防対策が検討されるべき時期に来ているかもしれない。今後, 高齢者の抗体保有率の推移を注視していく必要がある。