注目すべき感染症 注意:PDF版よりピックアップして掲載しています。
◆ 腸チフス-国外渡航歴のない感染者の増加(2014年第34週以降)(2014年9月24日現在)
腸チフスはチフス菌(Salmonella Typhi)の感染によって起こる全身性感染症であり、通常は8~14日間の潜伏期の後、徐々に発症する。発熱が主症状で、稽留熱、比較的徐脈、バラ疹、肝脾腫、腸出血等が認められる(臨床症状等の詳細については参考文献1~3を参照のこと)。抗菌薬の内服を行わなかった患者の約10%では、発症後3カ月間菌の排泄が認められる。患者の15~20%で再燃することがある。胆のうへの感染が持続し無症状病原体保有者となる症例は約2~5%である1, 2)。
近年は、毎年20~35例前後が報告されており、その約7~8割は直近の海外渡航歴が明らかな、国外感染が強く疑われた症例(以下、国外感染例)であった。しかし、2013年は9月末までに、発症前に明らかな海外渡航歴のない18症例(以下、国内感染例)を記録した3)。ファージ型別により、このうち数例については関連性が疑われたが、感染源や各症例間の疫学的関連性は不明のままである。このように、腸チフス症例は海外での感染が主であったが、2013年以降、国内感染例が原因不明のまま散発し増加する傾向がみられており、注意が必要である。
2014年は、第34週以降に国内感染例の報告が相次ぎ、第1週以降の累積で13例となった(図)。第33週までは、まれに週1例報告される程度であったが、第34~37週の間に週1~4例報告された。2014年第1~38週までの国内感染13例の内訳は、男性5例、女性8例、年齢中央値が34歳(範囲:4~72歳)であり、20~30代が中心であった。報告のあった都道府県は、東京都9例、埼玉県、富山県、愛知県、熊本県各1例であった。第22週の1例を除くとすべて有症状者で、主症状は高熱12例と下痢9例であった。
 第34~37週に東京都から報告された7例については、同一の飲食店を利用したことが記載されていた。東京都福祉保健局は、9月10日付でカレー等の喫食による腸チフスの集団発生事例を報告した4)。この報告によれば、少なくとも7症例が、千代田区内の飲食店で調理し提供した食事もしくは弁当の喫食が原因で腸チフスに感染しており、これは、1999年4月に腸チフスに関する感染症発生動向調査が開始されて以降初めての、腸チフスによる食中毒集団発生事例である。
現在、日本における腸チフスは感染症法に基づく3類感染症として、無症状病原体保有者を含む症例の届出(疑似症患者は対象外)が義務づけられている。無症状病原体保有者は、探知された患者と食事や渡航を共にした者に対する調査などによって発見されるほか、他の疾患に伴う検査や、健診などにおいて発見されている。医療機関において、持続した発熱やその他特有な症状を呈して受診した患者を診察した医師は、鑑別診断のために腸チフスも念頭に置き、渡航歴に関する問診や検査の依頼を行う必要がある。また、保健所等において、国内感染例として届け出られた症例については、感染源に関する注意深い疫学調査が必要である。分離菌の解析は重要な情報を示唆する場合がある。
チフス菌の感染はパラチフス菌(Salmonella Paratyphi A)と同様にヒトに限って起こり、患者および無症状病原体保有者の糞便と尿、それらに汚染された食品、水、手指が感染源となり、経口的に感染する。2010年、米国では国外から輸入されたmamey(果実の一種)の冷凍果肉に関連した複数州にわたる腸チフスの集団発生が報告された5)。長期保存が可能な食品(輸入された食品や冷凍食品など)は長期にわたり感染源となり得る。このように、渡航歴に加え、場合によっては広域流通する食品に含まれる同一株による発生の可能性も疑い、キャリアからのヒト-ヒト感染や、食品喫食歴の情報収集には工夫することが望ましい6, 7)。
腸チフスの基本的な予防策は徹底した手洗い(食物を扱う前やトイレの後など)である。今回、同一飲食店の利用客における食中毒事例が確認されたことから、調理従事者は特に衛生管理に留意すべきである。南アジア地域など、腸チフスの高リスク地域に渡航する者に対しては、予防策としてワクチンが用いられることがある。渡航前健康相談による腸チフスに対する啓発が重要と考えられる。
【参考文献】
1)APHA: Typhoid Fever/Paratyphoid fever, Control of Communicable Disease Manual 19thEd.P664-667 2)国立感染症研究所:「腸チフス・パラチフスとは」
3)国立感染症研究所:「腸チフス2013年-国外渡航歴のない感染者の増加(2013年10月2日現在)」感染症発生動向調査週報(IDWR)2013年第39号 4)東京都福祉保健局:「食中毒の発生についてチフス菌による食中毒」平成26年9月10日 http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2014/09/20o9a900.htm 5)CDC:Multistate Outbreak of Human Typhoid Fever Infections Associated with Frozen Mamey Fruit Pulp http://www.cdc.gov/salmonella/typhoidfever/ 6)HPA:Public Health Operational Guidelines for Typhoid and Paratyphoid(Enteric Fever) http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20140714084352/http://www.hpa.org. uk/webc/HPAwebFile/HPAweb_C/1317132464189 7)国立感染症研究所:「3類感染症国内感染例の簡易調査票による追加調査について(報告)」病原微生物検出情報(IASR)Vol. 31 p. 301-302: 2010年10月号 https://idsc.niid.go.jp/iasr/31/368/kj3681.html
国立感染症研究所 感染症疫学センター 細菌第一部
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