エムポックスに対するワクチン
公開日:2023年6月22日
(IASR Vol.44 p88-89:2023年6月号)
エムポックスに対する痘そう(天然痘)ワクチン
モンキーポックスウイルス(別名エムポックスウイルス: MPXV)は、天然痘ウイルスやワクシニアウイルスと同じオルソポックスウイルス(OPXV)属のDNAウイルスである。OPXV属のウイルスは血清学的に交叉反応を示し、痘そうワクチンとして用いられてきた生ワクシニアウイルスワクチンが、MPXVにも反応し1)、予防効果を有する可能性が古くから示唆されていた2)。
痘そうワクチンの種類
痘そうワクチンは、ジェンナーによる牛痘法がその源流であるが、実際には牛痘ウイルスではなく、ワクシニアウイルスが用いられてきた。天然痘根絶計画期までに、英国のLister株、エクアドルのEM-63株、米国のNYCBH株、トルコやドイツで使われたCVA株などの、増殖能の高いワクシニアウイルスを用いた第1世代と呼ばれるワクチンが開発された。これらは非常に効果的であったが、種痘後合併症と呼ばれる脳炎などを含む副反応の問題があり、改良が進められた。改良法はウイルスを継代して弱毒化を試みたもので、CV-I-78株やmodified vaccinia virus Ankara株(MVA)が作られたが、改良と時期を同じくして1980年には天然痘の根絶が世界保健機関(WHO)によって宣言され、ワクチンも使用されなくなった。しかし、1990年代後半からはバイオテロ対策として再注目され、さらなる改良でACAM2000などの第2世代と呼ばれるワクチンが開発された(図)。
国産痘そうワクチンLC16m8ワクチン
日本では、Lister株を継代し、LC16m8株が開発された。LC16m8株は、動物実験で病毒性が顕著に低かった一方、従来株に劣らない抗体価の上昇と持続性が認められた3)。1973年からは種痘研究班の研究で約5万例の小児に対して接種がされたが、問題となる副反応は認められず4)、自衛隊員に対する投与でも安全性が確認されている5)。培養細胞での製造法が確立され、1975年にLC16m8ワクチンは天然痘に対するワクチンとして製造承認された。しかし、1976年には天然痘根絶計画の進行で痘そうワクチンの定期接種は中止となった。その後、健康成人を対象とした臨床試験等で、安全性や免疫原性が再確認されてきていた6,7)。
LC16m8ワクチンのエムポックスへの適応拡大
1980年代のアフリカでの調査で、痘そうワクチンに約85%のエムポックス発症予防効果が示唆され2)、動物実験、2003年の米国での流行時の痘そうワクチン接種歴の事後調査の結果などからも、痘そうワクチンはエムポックスに対し一定の有効性が指摘されていた8-11)。しかし、エムポックスはアフリカの一部に限定的に流行し、大規模比較試験等による有効性(vaccine efficacy)の評価が不可能であった。エムポックスに対するワクチンとして初めて米国で適応取得がされたMVAも、動物実験を基に有効性を推定し承認された12)。2022年からは世界的な流行が発生したことで、各国で予防・治療策の検討がなされ、本邦でも天然痘に承認済みのLC16m8ワクチンのエムポックスに対する有効性が検討された。その結果、動物実験13,14)やWHOの暫定ガイダンス等の公知のエビデンスを踏まえ、ヒトでの有効性が十分期待できると判断され、2022年8月にLC16m8ワクチンのエムポックスに対する予防効果が追加承認された15,16)。
痘そうワクチンのエムポックスに対する実社会での有効性(vaccine effectiveness)
エムポックスに対する痘そうワクチンのヒトでの有効性はデータが不足していたが、2022年の流行でMVAの実社会における有効性が検証され、過去の限定的な疫学調査から示唆された有効性と同等の有効性が報告された17,18)。LC16m8ワクチンについては日本国内で健康成人におけるMPXVへの免疫原性試験が実施され19)、さらに日本国外においても国際共同研究によりヒトにおける安全性と有効性を確認するコロンビア共和国との国際共同臨床試験が計画されている20)。
エムポックスは有用性が十分に推定されるワクチンが存在したにもかかわらず、“顧みられることのなかった”熱帯病の1つであり、ワクチンの研究開発や社会実装が進まず、未解決の課題が山積している。既承認のワクチンも有効性持続期間や免疫学的機序などについて未知の点が多く、さらなる研究が必要である。今回のアウトブレイクは、天然痘が根絶され、痘そうワクチン未接種者が大多数を占める現代において、新たなOPXV属ウイルス感染症が予想しない様式で発生するリスクがあることも示している。エムポックスに限らず、OPXV感染症に対しウイルス学、免疫学、疫学などの基礎からの知見を収集する研究の継続が重要であり、次世代のOPXVワクチン開発研究の推進は喫緊の課題である。
参考文献
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国立感染症研究所感染病理部
峰 宗太郎 鈴木忠樹