日本のエムポックスのリスクコミュニケーションとコミュニティエンゲージメント
公開日:2023年6月22日
(IASR Vol.44 p94-95:2023年6月号)
エムポックスのコミュニケーションの背景
2022年5月以降の世界的なエムポックスの流行では、2022年8月をピークに新規感染者は減少している1)。この減少の要因の1つと考えられているのが、国外で多くの感染者が報告されているmen who have sex with men(MSM)の、「性交渉の相手を減らす」、「その場限りの性交渉を減らす」などの感染リスク低減の行動選択である2)。
このような人々の意思決定の支援のため、世界保健機関(WHO)はリスクコミュニケーション(RC)の重要性を指摘しており、各国でRCが実施されている。今般の世界的なエムポックスの流行では、欧米を中心とした国々でMSMでの感染が多く報告されていること、性的接触などの直接的な接触が主な感染経路であることなどから、RCによるスティグマ(疾患と、職業、性的指向、行動歴などとのネガティブな関連付け)の増強が強く懸念される。スティグマは予防、検査、治療を避ける動機を生み、適切な意思決定には逆効果として働く。スティグマを強めずにRCを行うために重要視されているのが、コミュニティエンゲージメント(脅威に面した当事者と専門家や行政との協働: CE)である(以下、RCとCEを合わせて“RCCE”と表記する)。
日本では、MSMの健康問題については特にHIV/AIDS対策などでcommunity-based organization(コミュニティに根差して活動する民間団体: CBO)との協働によるRCCEが行われてきた。しかし、国としては、国際保健規則の履行能力の外部評価で、RCCEについては他の項目より低いスコアとなっており、取り組みの推進や体制の整備が求められる段階にある3)。
本稿では、主にHIV領域で活動するCBO(akta、ぷれいす東京、MASH大阪)と、研究・医療機関(国立国際医療研究センター、国立感染症研究所)、行政(厚生労働省、東京都)が対等な立場で協働する「感染症コミュニケーション円卓会議(以下、円卓会議)」によるRCCEを紹介する。
RCCEに基づくエムポックスの情報発信
円卓会議では、それぞれの視点から伝えたいこと、専門的知見、流行状況、人々の危機意識、課題、誤解などの情報を共有し、計画の段階から協働している。正しさと伝わりやすさの両立、誤解やスティグマの低減などを企図して、ターゲットごとに内容を設定し、相互に監修を行っている。
本稿執筆時点の国内では、エムポックスの感染リスクが社会全体で高いわけではない。そのため、行政や医療・研究機関のwebサイトや、マスメディアを介した発信では、流行状況や主要な感染経路など、過度に不安をあおらずに認知度を高めることを重視した内容が中心となっている。一方で、感染リスクが高いと考えられるコミュニティや、免疫不全などによる重症化リスクの高い人々に対しては、CBOの運営するwebサイト、マッチングアプリ、クリニック、コミュニティの飲食店やイベント、MSMをターゲットとしたwebメディアなどを介して、より具体的にリスク低減につながる情報を発信している。
これまでに、円卓会議が主体または協力する形で、表のような発信が実施されてきた。
医療機関や保健所に対しても、RCCEの解説資料の作成や、検査や診療についてのwebセミナーなどの情報発信を実施している。これは、次項で紹介する検査や受診の動線を整理するための関係構築も兼ねて実施されている。
コミュニティのニーズへの対応
検査や受診へのスムーズな動線は特に重要であるが、CBOから共有されている情報の1つに、感染を疑った際に安心して利用でき、分かりやすい検査や相談の窓口のニーズがある。医師と保健所の判断で実施されるエムポックスの行政検査を受けるためには、まず医療機関の受診が必要となる。日本のMSMはその過半数が性的指向を周囲に知らせていないことなど4)、受診や検査がきっかけで性的指向を周囲に知られることを心配せずに相談できる窓口の整備が必要とされる背景がある。円卓会議では、MSMが安心して相談、受診できる医療機関のリスト化を進めている。本稿執筆時点では都内の一部の医療機関の掲載にとどまっているが、リストはwebサイトで公開されている。行政やCBOのネットワークの他、前項で紹介した医療者向けのセミナーの参加機関、学会などと調整しながらの更新を続けている。
課題
日本のエムポックスのRCCEは、国内の症例把握に先んじて関係構築から開始はできたものの、試行錯誤の途上にある。タイムリーな対応、不正確な情報の拡散への対策、取り組みの評価など、十分に実施できていない課題も多く、引き続き取り組みの推進が必要である。エムポックスに限らない感染症への備えとして、平時の関係維持と体制の整備も今後重要となる。
また、現場や当事者からの意見や情報を行政等ステークホルダーに共有、還元し、課題の解決につなぐ体制の整備も求められている。
謝辞: RCCEを協働で実施いただいている感染症コミュニケーション円卓会議の参加団体各位に感謝申し上げる。
参考文献
- WHO, 2022-23 Mpox(Monkeypox)Outbreak: Global Trends(最終閲覧日: 2023年5月1日)
https://worldhealthorg.shinyapps.io/mpx_global/(外部サイトにリンクします) - Spicknall IH, et al., MMWR 71: 1131-1135, 2022
- WHO, Joint external evaluation of IHR core capacities of Japan: mission report: 26 February - 2 March 2018
- 三菱UFJ リサーチ& コンサルティング, 令和元(2019)年度 厚生労働省委託事業 職場におけるダイバーシティ推進事業報告書
国立感染症研究所感染症危機管理研究センター
山本朋範