検疫検体のSARS-CoV-2ゲノムサーベイランスの実際と役割
公開日:2023年7月27日
(IASR Vol.44 p101-102:2023年7月号)
はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は検疫法に基づく検疫感染症に2020年2月1日に追加された。以降、検疫法に基づき検疫所で検体を採取しPCR検査や抗原定量検査を実施するとともに、国立感染症研究所(感染研)においてゲノム解析(ウイルスの系統判定)を実施してきた。新たな系統、重複感染疑い、組換え体、新たな公衆衛生上の脅威になりそうな変異を持ったウイルス、などが検出された場合は、確認検査としてウイルス分離培養および分離ウイルス株のゲノム解析を感染研で実施してきた。本稿では、オミクロンが検疫で最初に確認された2021年11月末よりCOVID-19が検疫感染症から外れる前の2023年5月7日までに実施された検疫所で採取された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)陽性検体(検疫検体)のウイルスゲノムサーベイランスの概要について報告する。
オミクロン出現以降の検疫検体のゲノム解析結果の推移
オミクロンは2021年第47週に検疫で最初の感染例が確認され、その後、検疫検体におけるオミクロンの検出割合は急増した。第51週には90%以上となり、国内に先んじて検疫検体はオミクロン(BA.1系統)が主流となった。BA.2系統も第50週に初検出され、2022年第12週には90%以上となり、国内よりも約1カ月先行してBA.1系統からの置き換わりが確認された。また、BA.4系統は2022年第16週、BA.5系統は第17週に初検出され、その後2022年6~8月にかけてBA.5系統の検出割合が増加した(図)。2022年6月以降は、入国時検査の対象が特定の国・地域からの帰国者・入国者に変更となったため結果の解釈には注意が必要であるが、BA.5系統への置き換わりについても国内に先行する傾向がみられた。
感染研における新型コロナウイルス新規系統/変異株出現予測と判断基準
感染研では、各国における新規系統/変異株の出現や感染状況をリアルタイムでモニタリングするためにGitHub上のCov-lineages/pango-designation(https://github.com/cov-lineages/pango-designation/issues(外部サイトにリンクします))、covSPECTRUM(https://cov-spectrum.org/explore/World/(外部サイトにリンクします))やSNS上の情報を有効活用している。オミクロンはデルタと比較し、総ヌクレオチド変異数でおよそ20以上多く、その変異が感染力に重要なスパイク遺伝子に集中していた。そのため、新規系統/変異株出現予測には、総ヌクレオチド変異数とスパイク遺伝子のアミノ酸変異パターンを注視してきた。また、ウイルスの系統判定に重要なゲノム解析結果のクオリティを判断するために、混合アリル数(2種類以上の塩基が混在している箇所)の確認を行ってきた。混合アリル数が多い場合は他検体とのコンタミネーションを疑うとともに、重複感染の疑いを確認するためにウイルス分離培養および分離ウイルス株のゲノム解析を実施した。
新規オミクロンBS.1/BS.1.1系統検出と登録
世界的にBA.2系統への置き換わりが起きている中、2022年第33週頃よりベトナム滞在歴がある入国者からBA.2.3.2系統(BA.2系統の亜系統)が起源と考えられる新規オミクロンが同定された。総ヌクレオチド変異数は90を超えており、BA.2.3.2系統が有する変異に加え、スパイクタンパク質のレセプター結合ドメインに特異的変異を共通に有していた1)。Cov-lineages/pango-designationにて新規系統の提案を行い、BS.1/BS.1.1系統と命名された。
ウイルス分離培養と分離ウイルス株の外部機関への分与状況
新規系統/変異株が疑われた検体の確認検査として、2021年11月末~2023年3月末までに767検体について既報の通り分離培養を実施した2)。成田空港検疫所(500検体)、羽田空港検疫所支所(122検体)、関西空港検疫所(83検体)が約90%を占めていた。このうち153検体(19.9%)が分離陽性(検体種不明の陽性1例含む)で、鼻腔/鼻咽頭ぬぐい液(75検体中49検体分離陽性、65.3%)は唾液(691検体中103検体分離陽性、14.9%)と比較して分離効率が4倍以上高かった。ウイルス系統別の分離成功率は、デルタ20.0%(2/10)、BA.1系統15.2%(57/374)、BA.2系統25.3%(47/186)、BA.4/BA.5系統27.7%(18/65)、オミクロン組換え体(XE、XL系統含む)31.3%(5/16)であった。2023年第5週頃から増加がみられたXBB系統は47.2%(25/53)と高い分離陽性率であった。XBB系統で高い分離効率が認められたのは、鼻腔・鼻咽頭検体の割合が34.0%(18/53)と多かったためと考えられるが、一方で唾液検体でもXBB系統の分離陽性率は34.3%(12/35)と高いことから、ウイルスの受容体であるACE2への高い結合力が反映している可能性が考えられている3)。またゲノム解析結果からBA.1とBA.2系統の重複感染が疑われる9例について分離培養を試みたが、すべて分離陰性であり、重複感染の証明には至らなかった。
ゲノムサーベイランスの成果
検疫検体では新たなSARS-CoV-2変異株の割合増加が国内に先行する傾向が認められ、新規変異株の早期探知や国内で流行する変異株の予測および対応に向けた準備のために重要な役割を果たしたと考えられる。また、確認検査のウイルス分離培養により得られた分離ウイルス株と、分離ウイルス株から抽出された核酸の一部は、ウイルス性状解析研究や医薬品等開発研究のための研究材料として国内外の多くの研究機関等に分与され、感染症対策に資する研究開発基盤として役立てられた(表)。今後は、入国時感染症ゲノムサーベイランス(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00209.html(外部サイトにリンクします))としてモニタリングを継続していく予定である。
参考文献
- Takahashi K, et al., J Med Virol 95: e28615, 2023, doi: 10.1002/jmv.28615
- Yamada S, et al., BMJ Open Respir Res 8, e000830, 2021, doi: 10.1136/bmjresp-2020-000830
- Tamura T, et al., Nature Commun 14: 2800, 2023
https://doi.org/10.1038/s41467-023-38435-3(外部サイトにリンクします)
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