実臨床における梅毒PCR法について
公開日:2023年12月25日
(IASR Vol.44 p193-194:2023年12月号) (2024年1月4日黄色部分改訂)
はじめに
梅毒は、Treponema pallidum subspecies pallidum(T.pallidum、以下、Tp)による、慢性の全身感染症であり、主に性行為により感染が成立する。多彩な症状を呈する複数の臨床病期を有し、無症状の時期(潜伏梅毒)を挟みながら進行する。梅毒の初期病変はHIV感染のリスクを上昇させるほか、近年ではエムポックスとの鑑別が時に重要となる。
無症状期の存在やTpの試験管内培養が一般に困難なため、梅毒の診断は血清反応がゴールドスタンダードとされる。一方、2000年代より、世界各国でPCR法によるTp DNAの検出とサブタイプ解析が急速に普及してきている。
日本性感染症学会は、2018年に梅毒診療ガイドを公開し、要治療の梅毒(活動性梅毒)の診断基準に、PCR法での陽性が含められている1)。ただし、本法は国立感染症研究所(感染研)や一部の地方衛生研究所等で試験的に行われているのみであり、保険未収載である。
当院におけるPCR法による梅毒の診断
しらかば診療所(以下、当院)では、2012年より感染研細菌第一部との共同研究において、皮膚粘膜病変の直接擦過物を検体とする、PCR法によるTp DNAの検出を実施している。具体的には、スワブによる皮膚・粘膜びらんの直接擦過物を検体とし、Tp特異的遺伝子(polAもしくはtpp47)が陽性の場合、Tp DNA陽性と判定する。陽性の場合、arp、tpr、tp0548遺伝子の解析結果と合わせて、サブタイプの決定が可能となる2)。さらに、23S rRNA上のA2058GもしくはA2059G遺伝子の変異解析により、グローバルな課題になっている、マクロライド系抗菌薬耐性の判定も可能となる。
2012年5月~2018年6月までに、当院で梅毒が疑われ、皮膚粘膜病変から検体を採取し、感染研に提出したのべ257人について、診療録から患者背景、検体採取部位、検出結果、臨床診断を抽出した。診断および病期の決定は、2人の感染症専門医によって後方視的に行われた。
257人中、Tp DNAが陽性であったのは132人、陰性は125人であった。Tp DNA陽性・陰性別の患者背景を表1に示す。全例の66%がHIV陽性で、98%がMSM(men who have sex with men)であった。Tp DNAが陽性であった検体の採取部位を表2に示す。口腔(34%)が最多で、陰茎(33%)、肛門(21%)が続いた。唾液や複数個所からTpが同時に検出された例がみられた。診断別のPCR法の結果を表3に示す。Tp DNA陽性例は、第1期梅毒の75%、第2期梅毒の81%を占めた。
梅毒と診断された184人中、Tp DNAが陽性であったのは132人であり、PCR法の感度は72%であった。これは系統的レビューにおける第1期下疳病変における感度(78%)と同等である3)。Tp DNAが陰性であった125人中、血清反応で梅毒と診断されたのは52人、非梅毒は67人であり、陰性適中率は54%であった。なお、6人において梅毒かどうか結論が出なかった(うち3人が血清RPR、TP抗体ともに陰性)。
サブタイプ解析では、Tp DNA陽性132人のうち14d/fが47人(36%)と最多であり、マクロライド系抗菌薬耐性は解析が行われた85人中23人(27%)に認められた。
PCR法の有用性と検体採取のコツ
PCR法が特に有用な場面は、血清反応が陰性の第1期梅毒である。表には示していないが、第1期(第2期から第1期へ改訂)でTp DNAが陽性であった64人中、16人(25%)が血清RPRとTP抗体がともに陰性であり、PCR法が診断の決め手となった。しかし、血清反応とPCR法を組み合わせても診断に至らなかった患者が6人存在した。梅毒が疑われた場合、経過を追って血清反応を再検することの重要性は揺らがない。なお、Tp DNAが陽性の場合は梅毒と考えて差し支えないが、陰性の場合は必ずしも非梅毒を意味しないことに注意が必要である。
筆者らの経験では、皮膚病変よりも粘膜病変(特に口腔咽頭・肛門病変)の方がTp DNAが検出されやすい。検体採取の際は、湿潤性の病変を選び、軟膏が塗布されていればぬぐい、皮膚の場合は病変部位を揉んで滲出液を出したうえで、強めにスワブを擦り、できる限り多くの滲出物の採取を試みる。肛門病変は、第1期および第2期梅毒ともに疼痛をともなうことが多く、患者には十分に声掛けをしながら採取する。抗菌薬の前投与(内服・外用を含む)があると、たとえ典型的な梅毒病変であっても、Tp DNAはほぼ検出されない。
まとめると、PCR法は、血清反応と組み合わせることにより、梅毒の補助診断として有用である。特に第1期梅毒で診断精度を高めることが可能であるが、Tp DNAが陰性であっても非梅毒を意味しないことに注意する。検体を採取するうえでは、症状と病変部位を見極め、採取部位を注意深く選び、できる限り多くの滲出物を得ることが肝要である。
参考文献
- 日本性感染症学会, 一般医家向け「梅毒診療ガイド」の公開について
http://jssti.umin.jp/news_syphilis-medical_guide.html(外部サイトにリンクします)(引用 2023年11月8日) - Marra C, et al., J Infect Dis 202: 1380-1388, 2010
- Gayet-Ageron A, et al., Sex Transm Infect 89: 251-256, 2013, doi: 10.1136/sextrans-2012-050622
しらかば診療所
井戸田一朗
国際医療福祉大学成田病院感染症科
加藤康幸