マイコプラズマ肺炎の疫学
公開日:2024年1月30日
(IASR Vol.45 p8-9:2024年1月号)(2024年2月5日黄色部分修正)
これまで国内のマイコプラズマ肺炎の疫学調査は多数あるが、古くは1960~1970年代に仙台市で行われた大規模な調査がある1)。この調査では1964、1968、1972、1976年の4年間隔でマイコプラズマ肺炎の流行が報告されており、オリンピックの開催年と重なっていたため、日本でマイコプラズマ肺炎がオリンピック病と呼ばれるきっかけにもなった。マイコプラズマ肺炎が3~7年程度の間隔で大きな流行を起こすことは、諸外国の疫学調査でも多数報告されており2)、数年ごとの大きな流行は、この感染症の特徴の1つだと考えられる。その理由は明確ではないが、おそらくは、病原体のMycoplasma pneumoniae(M.pneumoniae)とヒトの集団免疫との相互作用にあると思われる。一度マイコプラズマ肺炎の大きな流行が起これば、不顕性感染も含め感染者が増加し、ヒトの集団の中には防御免疫を持つ者が増える。しかし、これはそれほど長く続かず、数年たてば防御免疫が低下するとともに、ヒトの集団の中に防御免疫を持たない若年層が育ってくる。このような状況でM.pneumoniaeは活動しやすくなり、次の流行を起こすのであろう。
わが国の感染症発生動向調査は1981年の7月から感染症サーベイランス事業として開始されており、当初、マイコプラズマ肺炎は異型肺炎として調査されていた。異型肺炎にはクラミジア肺炎やその他の肺炎も含まれるが、大きな割合を占めるのはマイコプラズマ肺炎であり、実質的にマイコプラズマ肺炎の発生動向が反映される調査になっていた(図)。この調査でも、1984年と1988年に異型肺炎の大きな患者数増加がとらえられており、オリンピックの開催年と一致していた。しかし、その後の4年周期にあたる1992年と1996年は大きな流行がみられず、4年周期の流行はくずれていった。
1999年4月以降は、感染症法の改正によって現行の感染症発生動向調査となり、マイコプラズマ肺炎の調査が現在まで継続している〔5類感染症、定点把握疾患に位置付けられており、全国約500カ所の基幹定点医療機関(小児科および内科医療を提供する300床以上の病院)から毎週患者数(入院・外来の総数)が報告されている〕(図)。この調査では、2006、2010、2011、2012、2015、2016年に患者発生の増加がみられ、報告数が0.6人/定点を超える週があった。特に2011、2012、2016年は報告数が1.3人/定点を超える週もあり、調査開始後の過去の水準と比べても、報告数の多い流行年であった。2020年も4月までは例年より報告数が多い状況で推移し、2016年以来4年ぶりの大きな流行年になる可能性もあったが、5月以降は報告数が激減した。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックによって、社会全体でマスクや手洗いなど感染防止策が強化されたことなどが影響したと思われる。2020~2022年は、毎年起こる秋冬期の季節性の報告数増加もみられなかった。2023年末の時点でも、報告数は少ない状況で推移している。
約40年にわたる日本のマイコプラズマ肺炎の発生動向調査のデータの中で、特徴的と思われるのは、1990年代と2000年代に大流行といえるような大きな報告数の増加がなかったことである(図)。その理由は正確にはわからないが、1つの考えとして、1991年からクラリスロマイシン、2000年からアジスロマイシンがマイコプラズマ肺炎の治療に使用されており、これらマクロライド系抗菌薬が非常に有効であったため、大きな流行が抑えられていた可能性が考えられる2,4)。しかし、国内では2000年代にマクロライド耐性菌が徐々に増加し、2010年代の初期には、国内分離株の80-90%がマクロライド耐性株という状況になっていた3,4)。このように耐性菌が蔓延した状況では、マクロライド系抗菌薬による流行抑止効果も限定的となり、この感染症の本来の性質である数年ごとの大きな流行が2011~2012年、2015~2016年に起こったとも考えられる。その後、国内分離株のマクロライド耐性率は2型系統の感受性菌の増加もあり、減少傾向となったが3-5)(本号6ページ参照)、2020年5月以降は、COVID-19(COVOD-19からCOVID-19へ修正)パンデミックの影響で、耐性率の調査は十分に行えていない。今後の調査で耐性率の動向を知る必要がある。2023年10~11月の時点で、中国などでCOVID-19パンデミック後のマイコプラズマ肺炎の流行が報じられている。COVID-19パンデミックの間にM.pneumoniaeに対する集団免疫が低下している可能性も考えられ、今後日本でも大きな流行が起こる可能性は十分ある。引き続き発生動向の監視と状況の把握が必要である。
参考文献
- Niitu Y, Acta Paediatr Jpn 27: 73-90, 1984
- Yamazaki T and Kenri T, Front Microbiol 7: 693, 2016
- Nakamura Y, et al., J Infect Chemother 27: 271-276, 2021
- Kenri T, et al., Front Cell Infect Microbiol 10: 385, 2020
- Ishiguro N, et al., J Med Microbiol 70: doi: 10.1099/jmm.0.001365, 2021
国立感染症研究所
細菌第二部
見理 剛
感染症疫学センター第四室