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感染症発生動向調査を補完する検査用検体の残余血液を用いた新型コロナウイルス感染症の血清疫学調査

公開日:2024年6月28日
(IASR Vol. 45 p98-100: 2024年6月号)

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、2023年5月8日に感染症法上の位置付けが5類感染症へ変更後も流行動態の把握、新規入院患者や重症者の発生動向、変異株の発生動向などが継続して評価されてきた。その1つとして感染症法に基づく積極的疫学調査として検査用検体の残余血液を用いた血清疫学調査も活用されてきた。血清疫学調査は、調査対象集団の人々の血清や血漿を収集し、測定した特定の病原体抗原に対する血液中の抗体を指標とし、感染やワクチン接種による病原体抗原への過去の曝露状況を把握する疫学的調査手法である。その意義は感染症の特性によって様々であるが、発生前に血清抗体保有者が存在しない新興感染症を調査対象とする場合は、ワクチン接種によって誘導される抗体と区別できる病原体感染の特異抗体を指標とする血清抗体陽性率を算出することで、既感染者割合の代替指標として使用できる可能性がある。これにより、調査時点までの流行規模や感染拡大の程度を推定でき、感染症発生動向調査を補完する情報を得ることができる。また、新興感染症のリスク評価においては、感染者数は様々なリスク指標の基礎となるため、血清疫学調査による未診断・未報告の感染者を含む総感染者数の把握は正確な状況把握に有用である。本稿では、COVID-19の発生動向調査を補完する目的で、感染症法に基づく積極的疫学調査として実施されてきた様々な検査用検体の残余血液を用いた血清疫学調査について、それぞれの調査方法と結果ともに、有用性と制限について概説する。

調査手法と結果の概要

日常診療や健康診断などで採取した検査用検体の残余血液を用いた血清疫学調査は、対象者から調査用の採血を実施する必要がないことから、比較的大きな集団を対象とした調査を短期間に実施することが可能である。しかし、それぞれの検査目的に応じた調査対象者の偏りが生じる。調査手法は対象者を収集する方法により下記のように分類される。図Aは、各調査の(重み調整済みの)抗体保有割合の推定値である。

1)献血時検査の残余血液を用いた調査(献血調査)

日本赤十字社が全国で実施している献血事業では、毎年500万人以上から血液が採取されている。この方法は、全国の献血センター等で採取された数千名分の血液を約2週間で収集することが可能であり、全国規模の血清疫学調査として抗体保有状況の経時的評価に有用である。調査はCOVID-19の流行が始まって以降、2022年11月~2024年3月までに8回にわたって実施された(https://www.mhlw.go.jp/content/001251912.pdf(外部サイトにリンクします)(PDF:626 KB))。本調査では、全都道府県から基準を満たす約8,000-18,000検体を収集し、抗体保有割合は第1-8回調査でそれぞれ28.6、42.0、42.8、44.7、55.8、56.4、58.8、64.5%であった。全国的にみると抗体保有割合は上昇トレンドではあるが、増加率は減少傾向にある。一方、そのトレンドには地域差もみられた。本調査の制限としては、献血対象者は16~69歳まで、かつ特定の疾患がない個人に限られているため、多くの感染症においてハイリスク群となり得る小児、高齢者、特定の有病者からのデータが得られないことが挙げられる。

2)民間検査機関検査の残余血液を用いた調査(民間検査調査)

日本では無床診療所から大規模病院まで、多くの医療機関における検体検査が民間検査機関へ外部委託されており、複数の地域にまたがる多数の医療機関と契約を結ぶ民間検査機関が存在する。これらの機関が保有する検査用検体残余を活用することで、0~80歳以上までの幅広い年齢層の数千人分の血液を約2週間~1カ月で収集することが可能である。本方法では、献血調査では得られない16歳未満および70歳以上の情報を入手することができ、抗体保有割合の年齢分布の全体像を評価することが可能である。調査は2022年7月~2024年3月までに4回実施された(https://www.mhlw.go.jp/content/001251915.pdf(外部サイトにリンクします)(PDF:467 KB))。本調査では、関西・中部・中四国を中心とした22県の診療所からの約2,000-4,000検体を収集し、抗体保有割合は第1-4回調査でそれぞれ45.3、52.3、55.2、60.7%と、献血調査より若干低いが、同様のトレンドを描いていることがわかる。図B(民間検査調査)と図C(献血調査)に両調査の年齢ごとの抗体保有割合を示すが、献血調査は若年層と高齢者層がサンプルされていないため母集団に違いがあることに注意が必要である。本調査の制限としては、献血調査と比較すると、関西・中部・中四国を中心とした22県の診療所からの検体に偏りや、被検者の予防行動、受診動機、基礎疾患や、診療所ごとの特性などの偏りが生じていること、などが挙げられる。

3)健康診断検査の残余血液を用いた調査(健診調査)

日本では、労働安全衛生法第66条に基づく年1回以上の健康診断(事業者健診)の実施が義務付けられており、同健診にて採取された検査検体の残余を利用することで、数千人分の調査対象者の血液を約2週間で収集することが可能である。本方法を用いた調査が成人の抗体保有状況の把握方法の評価を行うため、2023年11月に1回実施された(https://www.mhlw.go.jp/content/001187536.pdf(外部サイトにリンクします)(PDF:436 KB))。本調査では、30都府県から約4,000検体を収集し、抗体保有割合は53.0%であった。この結果は、同時期に行われた民間検査調査とほぼ一致している。本調査の制限としては、健診調査の対象は、労働者に限定され、他の調査と同様に、年齢、職種、性別、調査地域に偏りが生じている可能性のほか、被検者の居住地区、予防行動、職業、基礎疾患、実施機関ごとの特徴などの偏りが生じている可能性がある。また、健診の実施時期は企業ごとに決められているため、調査可能な時期が限られることが挙げられる。

まとめと今後の課題

検査用検体の残余血液を用いたCOVID-19の血清疫学調査は大規模かつ頻回に実施可能で、2023年以降の国内の既感染者数の推移について発生動向調査を補完し、有用な知見を提供した。こうしたことから、COVID-19においては、血清疫学調査による抗体保有割合の推定が疫学的に一定の有用性があるといえる。

一方、本調査で得られる感染者の属性情報は限定的であった。また、本調査では血清疫学調査以外の他の様々な目的により採取された血液検体の残余を用いたことから、それぞれの目的に起因する対象者の偏りが生じている可能性が示唆された。このバイアスに関しては、国勢調査などの外部データを用いてサンプリング集団との違いを重みとして調整する統計的調整を行うことが多いが、入手可能な属性情報が少ないことから、完全に調整することは困難であった。実際に、献血調査と民間検査調査の結果を比較すると、2023年8月の調査では抗体陽性率がほぼ一致していたものの、2023年12月以降の調査では乖離がみられており、調整不可能な何らかのバイアスが存在していると考えられた。さらに、抗体保有状況に大きく影響するワクチン接種状況について情報を得られないことが多く、この点は検査用検体の残余血液を用いた血清疫学調査の大きな制限と考えられた。

これらのことから、どの調査も一長一短であり、単一手法では対象集団の抗体保有割合の完全な把握は困難なため、複数の手法を組み合わせて実施し、欠点を相互補完する必要があることが示唆された。さらに、血清抗体応答の個人差や抗体価の経時的低下により、抗体陽性者数が既感染者数よりも少なくなることにも注意が必要である。今後はロジスティック業務を簡便化しつつ、各調査の長所を活かした相互補完の手法への理解の促進と、より母集団に近い無作為抽出性を担保した新調査スキームの開発と既存調査との比較検討が重要となってくるであろう。さらに、COVID-19においては、血清中和抗体価や抗S抗体価は感染防御免疫の代替指標となることから、これらの抗体価を測定する血清疫学調査では調査対象者を感受性者と免疫保持者に区別することが可能となる。このような調査研究により、免疫の減衰、集団免疫の評価、予防接種の有効性の推定、感染リスク集団の特定、などの予防接種政策に資する知見を得ていくことも血清疫学調査の重要な役割であり、継続的な調査研究の実施が望まれる。

国立感染症研究所

感染症疫学センター
木下 諒 米岡大輔 鈴木 基

感染病理部
宮本 翔 鈴木忠樹

厚生労働省健康・生活衛生局感染症対策部感染症対策課
櫻庭唱子 杉原 淳

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