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感染症流行予測調査事業による新型コロナウイルス下水サーベイランス

公開日:2024年6月28日
(IASR Vol. 45 p100-101: 2024年6月号)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)宣言解除を受けて、世界では報告数の集計頻度やレベルを緩和する一方で、欧米などでは下水サーベイランスによる感染動向把握が期待されている。日本では、令和5(2023)年5月8日よりCOVID-19の感染症法における位置付けが5類感染症に変更されたが、引き続き下水サーベイランス研究、抗体調査の実施によって重層的に感染動向を把握することとなった1)。そして国土交通省、厚生労働省連携による新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)下水サーベイランス調査結果の公表を開始した2)

令和6(2024)年度にSARS-CoV-2下水サーベイランスは感染症流行予測調査事業(以下、事業)として感染源調査へ加わることとなった3)。本事業による下水中のウイルス調査は、ポリオウイルス〔平成25(2013)年度開始〕に続き2番目である。令和6(2024)年度は12カ所の地方衛生研究所(地衛研)(16処理場を対象)の協力を得て調査を実施する予定である。

調査では下水処理場を採水定点として設定、下水中のSARS-CoV-2ゲノム量を測定し、インフルエンザ/COVID-19定点当たり報告数と比較し、定期的に公表することを目的とする。

国内外の先行調査・研究から、下水中のSARS-CoV-2検査結果には複雑な要因が反映することが判明している。つまり、下水固有の要因(水量、PCR阻害物質など)や、検査手法の違いが影響し、測定値はバイアスを含むこと、また下水処理区と保健所管轄の関係、などに留意し結果を解釈する必要性が報告されている4,5)。事業では、下水サーベイランスは地域内の感染動向を把握するための補完情報として活用することを想定している。本稿では調査を行ううえでの技術的なポイントについて概説する。

SARS-CoV-2下水サーベイランス調査実施要領と検査術式の概要

事業によるSARS-CoV-2下水サーベイランスは採水、輸送、下水試料の濃縮およびRNA精製、ウイルスゲノム検出、結果の解釈、疫学情報との比較のフロー、で構成されている。

採水地点の選定、採水頻度、検体輸送

令和4(2022)年度内閣官房実証事業による報告では、下水中のウイルス量と感染者数の相関は大規模な処理場で高く、小規模な処理場では分散が大きい傾向がみられた。ただし一致度が低くとも、アラート目的、注意喚起としての活用の可能性が示されている4)。本調査の事業化にあたり、既存のポリオ環境水調査で設定した採水定点にて並行して調査する場合もあるため、処理区の人口は10万人から80万人程度を目安としている。

採水頻度は、患者定点報告と比較するため、地衛研の検査体制にあわせて週1~月2回としている。なお月2回でも感染動向との相関がみられていることが報告されている6)

採水地点の選定、採水、輸送などについては下水部局との連携が重要であり、国土交通省はガイドラインを示しているので参照されたい7)

下水濃縮およびreal-time PCRによる検査と信頼性確保

下水固有の要因等により、下水中のウイルス量を測定する標準的な手法はいまだ確立されていない8)。事業では、検査手法についてはコストや人員など検査施設の実情に合わせて複数の検査手法から選択できるよう、手法やキットを選択の目安として術式に例示している。これにより下水中のSARS-CoV-2測定結果は調査地点固有の値となるため、内部精度管理試験による信頼性の担保が必要である。術式には糞便に含まれるトウガラシ微斑ウイルス(PMMoV)の測定、φ6や疑似ウイルス粒子(VLP)を用いた添加回収試験、等を内部精度管理試験として例示したが、いずれをコントロールとした場合も下水中の挙動はSARS-CoV-2と異なることに留意し、内部精度管理試験と並行してSARS-CoV-2測定結果の評価を行う。

なお、下水中のウイルスゲノム量のみで地域の感染動向を把握する場合、様々な方法で測定値を正規化する試みも報告されているが、妥当性の評価は今後の課題である。

感染症発生動向調査との比較

COVID-19は、5類感染症への移行後はインフルエンザ/COVID-19定点からの報告数がモニタリングされて流行のレベルとトレンドが把握されている。下水サーベイランスでは、下水処理区内患者報告数と下水中のウイルスゲノム量の間に高い相関を示すことが報告されている1)。このため事業では、下水中のウイルスゲノム量と採水日に対応する患者報告週の定点当たり報告数を比較することとしている。なお下水処理区が複数の保健所管轄にまたがる場合は、各保健所管轄内の定点医療機関数の総和を分母とし、各保健所への患者報告数の総数を分子として下水処理場流域のウイルスゲノム量と比較する。

ウイルスゲノム上のプライマー、プローブ結合領域の変異、また変異株感染時のウイルス排出量や排出時期などの変化は下水中の検出結果にも反映する可能性があるため、病原体サーベイランスなどから得られる最新のウイルス情報を把握し、下水中の測定結果と患者の発生動向の関係について注意深く比較、評価することが重要である。

下水検体の保管について

過去の下水検体を用いて遡及的に検査を行うことで、地域への侵入時期、経路など、感染症対策立案上有用な情報を含む可能性があるため、実施要領には施設の実情に合わせて余剰検体の保管を依頼している。

今後について

COVID-19発生当初より、多くの国で下水サーベイランス調査、研究が展開したことによって様々な課題が明らかになっている。例えば最も期待されたウイルスの早期探知に関しては、臨床検査へのアクセスが困難な場面や患者報告体制に課題がある場合に有用であること、また下水調査固有の複雑な要因が影響するため下水中のウイルス量から感染者数推計は今後も研究が必要であること、などが判明している8)

下水などの環境水中には膨大な微生物情報が含まれることを踏まえ、公衆衛生対策上、対象とする感染症の種類、手法の検討、流行予測方法の開発など、次期パンデミックに備えた研究として進展が期待される。

謝辞: NIJIsプロジェクトに協力いただいた大学、各自治体の関係各位に感謝します。またエム・アール・アイ リサーチアソシエイツ株式会社にはデータ解析に多大な支援をいただきました。

参考文献

  1. 厚生労働省, 新型コロナウイルス感染症に関する今後の患者の発生動向等の把握方法について 第71回厚生科学審議会感染症部会
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_30863.html(外部サイトにリンクします)
  2. NIJIs, 下水中の新型コロナウイルス調査プロジェクト
    https://nijis.jp
  3. 厚生労働省, 令和6年度感染症流行予測調査実施要領
    https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/yosoku/AnnReport/2024/2024-99-1.pdf
  4. 内閣感染症危機管理統括庁, 下水サーベイランス
    https://www.caicm.go.jp/action/survey/surveillance.html
  5. Kitakawa K, et al., Appl Environ Microbiol 89: e01853-22, 2023
  6. 国土交通省下水道部, 下水道における新型コロナウイルスに関する調査検討委員会
    https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/mizukokudo_sewerage_tk_000708.html(外部サイトにリンクします)
  7. World Health Organization, Environmental surveillance for SARS-CoV-2 to complement other public health surveillance, 12 September 2023
    https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/372995/9789240080638-eng.pdf(外部サイトにリンクします)(PDF:1,221 KB)

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