わが国における肺吸虫症の発生状況
(IASR Vol.46 p9-10:2025年1月号)
肺吸虫症は、 肺吸虫属吸虫Paragonimus spp.によって引き起こされる寄生虫性疾患で、 熱帯から温帯地域で広く発生がみられる。わが国における肺吸虫症の罹患率は、 予防法の教育普及や集団治療などにより、 1970年代には激減したものの、 1980年代後半から再びかつての流行地を中心に新規患者の発生がみられるようになり、 再興感染症として注目されている1)。本来、 肺吸虫はイヌやネコなどの食肉目動物を好適な終宿主とするが、 ウエステルマン肺吸虫(Paragonimus westermani)、 宮崎肺吸虫(P. skrjabini miyazakii)はヒトにも感染して病原性を示す人獣共通寄生虫として、 公衆衛生上の重要度が高い。
肺吸虫症は食品由来の寄生虫性疾患であり、 メタセルカリア(図1)を保有する第2中間宿主の淡水性カニの生または加熱不十分な状態での喫食が、 主要なヒトへの感染経路となっている。ウエステルマン肺吸虫についてはモクズガニやサワガニ、 宮崎肺吸虫についてはサワガニが第2中間宿主として知られている。近年、 淡水性カニを対象とした大規模な調査は実施されておらず、 肺吸虫類の国内分布や感染状況については不明な点が多い。一般に、 肺吸虫はその複雑な生活環により、 流行地であっても限局的に感染カニの分布がみられるが、 時に淡水性カニでの感染率が90%を超える濃厚な分布地も報告されている2,3)。また、 ウエステルマン肺吸虫についてはイノシシやシカを待機宿主とし、 これらの獣肉の生食による感染も広く知られている1)。
わが国における肺吸虫症患者の正確な発生数は不明であるが、 宮崎大学医学部感染症学講座で2001~2022年の間に診断に関与した肺吸虫症患者は764名にのぼり、 これらの患者の約34%を外国人が占める(図2)。日本人患者と外国人患者では異なる発生パターンを示し1)、 日本人患者は九州地方や岐阜県といった以前からの肺吸虫症流行地を中心に北海道から沖縄県まで全国的に広くみられる。一方で、 外国人患者の発生は東京都、 神奈川県、 大阪府、 福岡県といった大都市圏で多く、 食事をともにした家族や友人間での小規模な集団感染事例がしばしば認められる。感染源についても日本人患者と外国人患者では異なる傾向があり、 外国人患者はほぼ全例が淡水性カニからの感染とみられるのに対し、 日本人患者は淡水性カニからの感染は半数程度で、 残りの感染は待機宿主からであると考えられている1)。
肺吸虫症の流行地には郷土料理として淡水性カニを食する文化のある地域が多く、 カニの調理の際に肺吸虫のメタセルカリアに汚染されたまな板や包丁を介した野菜等の二次汚染により感染する場合もある。また、 近年の肺吸虫症の再興には「食のグローバル化」が与える影響は大きく、 日本産の淡水性カニを用いて調理した中国の酔蟹や韓国のケジャン、 タイ・カンボジアのパパイヤサラダといったエスニック料理に起因した感染事例も発生している1)。多くの場合、 市場やスーパーマーケット等で市販されていた淡水性カニを調理に用いているが、 東京都内で食用として販売されたサワガニの17%でウエステルマン肺吸虫または宮崎肺吸虫の寄生が確認されたとする報告もある4)。コールドチェーンの発展により、 肺吸虫症流行地で採取された淡水性カニが全国規模で流通しており、 肺吸虫症の流行地以外においても淡水性カニの生食には注意が必要である。
参考文献
- Yoshida A, et al., Acta Trop 199:105074, 2019
- 坂西梓里ら, 衛生動物 69:1-5, 2018
- Sugiyama H, et al., J Vet Med Sci 75:249-253, 2013
- Sugiyama H, et al., JJID 62: 324-325:2009
宮崎大学産業動物防疫リサーチセンター
吉田彩子