神戸市における国内初マクロライド耐性百日咳菌MT107の検出と検査対応
神戸市における国内初マクロライド耐性百日咳菌MT107の検出と検査対応
(IASR Vol. 46 p64-66: 2025年3月号)
はじめに
近年, マクロライド耐性百日咳菌(macrolide-resistant Bordetella pertussis: MRBP)の世界各国への拡散が危惧されている。百日咳菌のマクロライド耐性機構として, 23S rRNA遺伝子の2047番目のアデニンがグアニンに点変異(A2047G)することにより高度耐性化することが知られている。これまで国内で検出されたMRBPの遺伝子型はMT195やMT28であることが報告されている1,2)。今回, 2024年12月に当市において国内初となる遺伝子型MT107のMRBPを検出したため, その詳細について報告する。
背 景
症例は9歳の日本人の女児であり, 4回の4種混合ワクチン(diphtheria pertussis tetanus and inactivated polio vaccine: DPT-IPV)接種歴があった。X-25日(再受診日をX日とする)より咳が出現し, X-5日に痰が絡む咳へと症状が悪化し, 医療機関を受診した。治療のためクラリスロマイシン(体重当たり10mg×6日間)が処方されたが, X日に持続する咳, 夜間の咳込みを主訴に再受診した。BioFire® SpotFire® Rパネル(ビオメリュー・ジャパン株式会社)を実施したところ百日咳菌陽性となったことから, 神戸市健康科学研究所に鼻腔ぬぐい検体が搬入された。
試験方法および結果
搬入された鼻腔ぬぐい綿棒を生理食塩水に懸濁し, QIAGEN QIAamp DNA Micro Kitを用いてDNA(以下, スワブ由来DNA)を精製した。得られたスワブ由来DNAを用いて4Plex real-time PCRを実施したところ3), 百日咳菌陽性となった。
鼻腔ぬぐい綿棒懸濁液をボルデテラCFDN寒天培地(日研生物), チャコール寒天培地(自家調製)に塗布し, 35℃で培養した。5日目に生育したコロニーはMALDI-TOF/MS(Bruker)により百日咳菌と同定された。
臨床経過からMRBPを疑い, スワブ由来DNAおよび分離菌の懸濁液ボイル上清(以下, 菌株由来DNA)を用いて, A2047G-cycleave PCRを実施した3)。その結果, スワブ由来DNAでは野生型で増幅がみられたが, 菌株由来DNAでは変異型の増幅が確認された(図)。両方のDNAを用いて23S rRNA遺伝子のシーケンス解析2)を実施したところ, ともにA2047Gの点変異を確認した(表)。
薬剤感受性試験はETEST®(ビオメリュー)とBordet-Gengou血液寒天培地(極東製薬工業)を用いて実施した結果, エリスロマイシン, クラリスロマイシン, アジスロマイシンに対する最小発育阻止濃度(MIC)は256μg/mL以上となった。またMLVA法による遺伝子型は, MT107(VNTR 1, VNTR 3a, VNTR 3b, VNTR 4, VNTR 5, VNTR 6: 8-6-7-7-6-8)と判明した。
考 察
百日咳菌の培養陽性率は低く, 米国疾病予防管理センター(CDC)は咳嗽出現から2週間以内を培養検査の適用期間としており, 抗菌薬投与後の患者では培養陽性率が著しく低下することが知られている4)。本症例では, 咳嗽出現から3週間以上経過し, クラリスロマイシンの投与歴もあったにもかかわらず, 百日咳菌を分離できたのは, MRBPであったことが要因と考えられる。また, 今回分離されたMRBPは23S rRNA遺伝子の点変異(A2047G)を有していた。
A2047G-cycleave PCRは臨床検体を用いた直接検出にも使用可能とされている3)。しかし, 本症例のスワブ由来DNAでは野生型のみが増幅された。この増幅産物をシーケンス解析した結果, 野生型のプローブ配列が確認され, 得られた配列(約60bp)のBlast検索により複数の菌種に一致した。これにより, スワブ由来DNAでの野生型増幅は臨床検体中の混在菌によるものであると考えられる。一方, 23S rRNA遺伝子のシーケンス解析ではスワブ由来DNAから百日咳菌のA2047G変異が確認された。この結果は, 臨床検体由来DNAを用いたA2047G-cycleave PCRの解釈には注意が必要であり, 最終的な確認には23S rRNA遺伝子のシーケンス解析が重要であることを示している。
国立感染症研究所からの報告によると, 昨年国内で検出されたMRBPはすべてMT28であった。しかし, 今回検出されたMRBPの遺伝子型はMT107であり, これまで国内での報告例はない。MT107はベトナムで検出されているMRBPの遺伝子型として報告されている5)。本市ではベトナム籍住民が外国籍住民全体の約15%を占め, 3番目に多い状況である。患者とベトナムとの直接的な接点は不明であるが, 国外からの持ち込みによる感染事例の可能性が考えられる。
本症例は, 新たな遺伝系統のMRBPが国内に流入している可能性を示唆する。今後, 市内および国内におけるMRBPの流行状況を詳細に把握するため, 継続的かつ積極的なサーベイランスが求められる。
謝辞:A2047G-cycleave PCR検査キットのご提供と貴重な情報をいただきました国立感染症研究所細菌第二部第一室・大塚菜緒先生に深謝いたします。
参考文献
1.Koide K, et al., PLoS One 19: e0298147, 2024
2.国立感染症研究所, 令和6(2024)年度希少感染症診断技術研修会, 百日咳
https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/kisyo/3_R6_Bordetella_Otsuka.pdf
3.国立感染症研究所, 病原体検出マニュアル 百日咳(第4.0版)
https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/Pertussis20240327.pdf
4.蒲地一成, IASR 38: 33-34, 2017
5.Koide K, et al., J Glob Antimicrob Resist 31: 263-269, 2022
神戸市健康科学研究所感染症部
小松頌子 藤永千波 中西典子
たかのこどもクリニック
高野智子
神戸市保健所