医療福祉施設で探知された劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)の集積事例
医療福祉施設で探知された劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)の集積事例
(IASR Vol. 46 p70-71: 2025年3月号)
2024年2月, 感染症発生動向調査において, 同一医療福祉施設から, 3例のA群溶血性レンサ球菌(A群溶連菌)による劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)症例が届け出られた。STSSを含む侵襲性A群溶連菌感染症は, 海外において集積事例の報告があるが1,2), 国内の施設等での集積事例はこれまで報告されていなかった。
全体像の把握, 感染源・感染経路・対応策の検討を目的に, 同年3月, 国立感染症研究所が管轄保健所の要請に基づき疫学調査支援を行ったので, 知見について報告する。
当該施設は, 入所者約60名, 職員約250名の施設であり, 4つの生活エリア(A-D)があった。入所者の多くは, 皮膚潰瘍などに対する創傷処置を必要としていた。
症例定義は, A群溶連菌の伝播を考慮し, 2024年1月1日~3月31日に, 当該施設の入所者において, 1A群溶連菌が検出された者を確定例, 237.5℃以上の発熱, 咽頭痛, 急性の四肢の疼痛・腫脹, 急性の皮膚・軟部組織炎のいずれかを呈し, かつ他疾患と診断されていない者を疑い例, とした。
全入所者の情報は電子カルテで確認した。さらに関連因子を検討するため, 確定例が居住していたAエリア入所者において, 確定例および疑い例を症例, それ以外の者のうち疑い例の症状を認めなかった者を対照として症例対照研究を実施し, オッズ比(OR)およびその95%信頼区間(CI)を算出した。
感染対策は施設内観察と職員への聞き取りで確認し, 確定例の菌株は, 地方衛生研究所, 溶血性レンサ球菌レファレンスセンターの協力のもと, 全ゲノムシーケンス解析を実施した。
調査の結果, 確定例4例, 疑い例11例が確認された(図)。確定例はすべてAエリアの入所者であり, 近接した時間帯で毎日創傷処置を受けていた。
毎日の創傷処置は, 看護師が1人で実施する体制であり, 創傷処置時に使用する物品の作り置き(あらかじめ適したサイズに切ったガーゼやテープの作り置き等)が行われている等, 標準予防策の適切な実施は難しい状況であった。調査時点ではすでに, 作り置きの廃止など, 可能な範囲で感染対策の強化・見直しが図られていた(図)。
症例に関連する因子(表)として, Aエリア入所者における創傷処置が挙げられた(OR 7.5, 95%CI:1.3-43.0)。
菌株解析では, 確定例4例すべてで遺伝子型emm89であり, 4例の菌株は1塩基以内の違いであり, 非常に近縁であると推察され, 施設内感染が示唆された。
以上から, 創傷処置が当該施設内の感染伝播に関連していた可能性が高いと結論付けた。ただし, 患者周囲の人の保菌調査ができていないこと, 環境調査を実施していないこと等から, 感染経路の詳細は不明であった。
調査結果を踏まえ, 当該施設へ, 1標準予防策の適切な実施を担保できる体制の確立, 2創傷処置時における物品の適切な使用・保管, 3感染対策の定期的な確認と徹底, 等を提言した。その後, 新規症例は確認されず, 2024年9月に管轄保健所が終息を確認した。
本事例のようなSTSSを含む侵襲性A群溶連菌感染症の施設内感染の可能性も考慮し, 創傷処置を行う際は, 厳密な標準予防策が重要である。
謝辞:本調査にあたり, ご尽力くださいました医療福祉施設関係者, 自治体関係者の皆様に心より御礼申し上げます。
参考文献
1.Thigpen MC, et al., Emerg Infect Dis 13: 1852-1859, 2007
2.DiPersio JR, et al., Clin Infect Dis 22: 490-495, 1996
国立感染症研究所
実地疫学専門家養成コース(FETP)
村井晋平 高橋あずさ
実地疫学研究センター
土橋酉紀 山岸拓也 島田智恵
砂川富正
細菌第一部
池辺忠義 李 謙一 明田幸宏