結核治療の現状
結核治療の現状
(IASR Vol. 46 p53-54: 2025年3月号)結核と診断されたのちの対応について記載する。記載事項は, 1.治療の必要性とその原理, 2.用いる薬剤, 3.隔離治療, 4.薬の確実な内服のための服薬確認(DOTS)についてである。
1. 治療の必要性
結核菌による体の状態としては, 「潜在性結核感染(latent tuberculosis infection: LTBI), つまり, ツベルクリン反応検査あるいはインターフェロンγ遊離試験(IGRA, 商品名としては, クォンティフェロンTB gold plusとT spot TB検査が日本では承認されている)で結核菌に感染していると判断されている状態」, と, 「発病, つまり, 症状があり結核菌が確認されているか結核菌が確認されていないが臨床的に結核菌による病気と推定されている状態」, の二分法が行われ, LTBIについてはLTBI治療, 発病の事態については結核症の治療, といわれてきた。結核症については, 「症状のない軽症の状態から死に至る直前の重篤な状態」まで範囲が広い。最近では, 特にIGRA陽性の接触者においては, コンピューター断層撮影検査やポジトロンエミッション断層撮影等でごく軽微な状態の, 菌が見つからない結核症の状態で発見される者もみられるようになった。重症の結核症においては, 他者への感染性があることが多く, また, 患者自身にも生命の危険が迫ることが多く, 通常は治療の対象である。軽症の結核症については, その時点では他者に対する感染の危険はなく, また自らも症状がなく, 放置しても自然治癒が半分前後の確率で期待できる。しかし, 放置した場合に他者への感染性を獲得した時点, あるいは自分が死亡に至る危険にさらされている状態となったら, 速やかにそれを察知して治療できるか, というと, 多くの場合, 病勢の進行をリアルタイムに知ることは不可能であることが多く, 現実的には軽症であっても治療の対象となっている。LTBIについては, 発病の危険が高い結核患者と新たに接触した者, および, 毎年5-7%発病するHIV陽性の結核感染者など, 免疫抑制状態で発病しやすい者がLTBI治療対象となる1)。
2. 薬剤の選択
結核症の標準治療は1996年以来, イソニコチン酸ヒドラジド(イソニアジド: INH), リファンピシン(RFP), エタンブトール(EB)もしくはストレプトマイシン(SM), ピラジナミド(PZA)の4剤2カ月投与の後, INH+RFPの2剤6カ月治療が標準である。実際には2023年の新登録結核患者10,096人中の治療開始時の選択薬剤2)は,この標準治療が6,342人(62.8%), これ以外のINH, RFP, PZAを含む3剤以上の治療が170人(1.7%), INH, RFPを含むがPZAを含まない3剤以上の治療が2,726人(27.0%)であった。INH, RFP, PZAに加えEBまたはSMを含む4剤併用治療の割合は, 2012年以来60%前後で大きな変化はみられていない。また, 年齢が上がるに従いPZAを含む治療の割合が減少する傾向がみられ, 80歳以上ではPZAを含まない治療が標準治療より多くなっていた。結核治療においては, 有効な薬を用いた複数薬剤での治療が通常である。空洞を有するような結核菌は体内に108以上の結核菌が存在し, どの薬でも10-8以上の確率で耐性遺伝子変異を起こす。よって, 体内には耐性菌が存在し, 1剤で治療すれば感性菌は減少するが耐性菌は増加し, 最終的には体の中は耐性菌で置き換わってしまう。日本人では過去に結核治療歴がない患者でも3%程度がINH耐性, 0.4%程度がRFP耐性と少ないため, 多くの場合は, 上記の標準治療で十分であるが, INH耐性患者に上記治療を行うと, 2カ月の間に十分菌が減らなければ後期2カ月はRFPの単剤治療となってしまい, その時点でRFP耐性の変異株が存在すると, 治療終了までにRFP耐性の菌に置き換わってしまう。INH耐性患者で標準治療を行うと, 10%程度治療失敗または耐性化再発を起こす。よって, 治療開始時に耐性の有無を知って治療を行うことが望ましい。これまで, 薬剤耐性を知るためには, 培養による薬剤感受性検査を行うことが必要で, 薬剤耐性の有無が判明するまで0.5~3カ月かかるのが標準であった。耐性遺伝子変異の検査の日本での嚆矢はニプロ社のINH, RFP, PZAのジェノスカラーであったが, 検査手順が複雑であったため普及しなかった。現在RFPについてはGeneXpertの機械が各病院に普及し, ベックマンコールター社のXpert MTB/RIF「セフィエド」, INHとRFPについては検査センターで実施できるロシュ社のコバスMTB-RIF/INHによる検査が普及しているが, INHの耐性遺伝子検出については耐性でも遺伝子変異なしとされることがあり3), 検査結果を考慮した治療選択については日本結核・非結核性抗酸菌症学会(学会)の推奨を参考にされたい4)。
なお, 日本では耐性よりも薬の有害事象のために標準治療ができない例が多くみられている。学会では, 結核治療のカギとなる, INHとRFPが使えないときのレジメンの推奨を行っている5)。薬の有害事象発生時には, 有害事象を減らすことを念頭に置きすぎるため, しばしば少数の薬の使用, 量を減らした治療, などが行われる。学会の推奨文書では, 治療開始早期には多くの薬を併用して菌をできるだけ早期に減らして, その後もできるだけ多剤併用を継続することにより, 耐性化の危険を減らし治療失敗させないことを強調しており, 十分な数および量の薬を継続することが重要である。特に, 結核の治療失敗の判断は培養検査によって行うが, 培養陽性となるのは検体を採取してから数日, あるいは, 数週間か後であり, 実際に培養が生えて治療が適切でないと判断された時期には, 検体採取時点以上に耐性の獲得などが進んでいる場合がある。
3. 隔離治療
喀痰塗抹陽性の結核症は他者への感染性があるとみなされるため, 日本では入院勧告制度が行われている。また, 隔離解除の基準は喀痰塗抹または培養の陰性化を必要としている。他国では, 原則隔離入院という国は少なく, 全身状態不良など医療上必要な場合と, 住所不定者や外国出生者など, 生活基盤がぜい弱なため外来治療となると治療中断する危険が高い者とが通常入院の対象となる。欧米では患者の過半数がまん延国出身者であり, 後者の理由のため結核患者の多くは実際には入院しているが, 塗抹か培養の陰性化は結核患者のため空気感染対策対応病床から一般病床へ移る際には必要とされ, 全身状態の改善もしくは生活基盤の改善がなされれば退院となっている。
4. 服薬の確認
結核治療は6カ月~1.5年程度と, 通常の感染症治療より長く, 一方, 血圧や糖尿病治療のように年余にわたって習慣化するよりは短い。そのため, 治療途中で中断することがしばしばみられる。治療の中断は, 再発の危険を高める。そのため, 治療を中断させないための工夫が, 保健所の主導する服薬確認であり, 感染症法53条15では, 服薬確認への協力を医療機関に課している。「医師は, 結核患者を診療したときは, 本人又はその保護者若しくは現にその患者を看護する者に対して, 処方した薬剤を確実に服用することその他厚生労働省令で定める患者の治療に必要な事項及び消毒その他厚生労働省令で定める感染の防止に必要な事項を指示しなければならない」。
参考文献
- 日本結核病学会予防委員会・治療委員会, 結核 88: 497-512, 2013
- 公益財団法人結核予防会結核研究所, 都道府県指標値2023年版,
https://jata-ekigaku.jp/wp-content/uploads/2024/12/2023TB_index_p.xlsx - Aono A, et al., Tuberculosis (Edinb), 2022, doi: 10.1016/j.tube.2022.102199
- 日本結核・非結核性抗酸菌症学会治療委員会, 社会保険委員会, 抗酸菌検査法検討委員会, 結核 98: 127-131, 2023
- 日本結核病学会治療委員会, 結核 93: 61-68, 2018