同一患者由来結核菌株・家族内感染事例由来結核菌株の全ゲノム一塩基多型(SNV)解析
(IASR Vol. 46 p54-55: 2025年3月号)近年, 結核菌全ゲノム長を対象として一塩基置換部位を比較する結核菌全ゲノム一塩基多型(SNV)解析が比較的容易に実施可能となった。欧米では, 結核菌全ゲノムSNV解析による結核感染経路解明において「疫学的関連がある場合のSNVs数は5以下」という基準が示されている1)。しかし, 日本の結核状況は, 罹患率が高いことや分離株の8割が北京型株であることなど, 欧米とは大きく異なる。日本国内株での「変異の閾値」を確認するため, 同一患者由来16事例, 家族内感染事例16事例由来の結核菌株について全ゲノムSNV解析したので報告する。
対象と方法
24loci-number of tandem repeat型別法2)により同一菌株と判定された再発14事例由来29株, 1患者の複数の臨床検体からそれぞれ結核菌が分離された2事例由来5株, 同一感染源由来と判定された家族内感染16事例由来32株の結核菌株を対象とした。菌株分離間隔の計算には, 菌株記録の発症日や検体採取日を使用し, これらの日付が記載されていない場合は菌株搬入日を使用した。対象菌株を再培養してゲノムDNAを精製, イルミナNextSeq 550またはMiSeqにより全ゲノムリードを取得し, 解析パイプラインMTBseqにより全ゲノムSNV解析を実施, 閾値を75%以上に設定してSNVsを検出し, Median Joining Networkによりネットワーク図を取得した。
結 果
対象32事例の菌株間SNVs数は0が10事例, 1が8事例, 2が7事例, 3が4事例, 4が2事例, 6が1事例であった。SNVs数が6であった事例は家族内感染で, 結核菌全ゲノムSNV解析で家族2名以外に感染源があったと推測できる結果となり, 推定感染源からのSNVs数はそれぞれ1と5であった。
菌株分離間隔とSNVs数の分布を表に示す。菌株分離間隔1年未満の事例では0-3, 1~2年では0-4, 2~3年では0-1, 3~4年では0, 4~5年では0-6, 5~6年では2-4, 6~7年では1, 7~8年では2-3であった。菌株分離間隔が10年以上の事例は1事例が分離間隔10年の再発事例由来でSNVs数は3, もう1事例は分離間隔が14年の家族内感染事例でSNVs数は0であった。
1患者の複数の臨床検体からそれぞれ結核菌が分離された2事例は, 同時期に同一患者の異なる臨床検体から結核菌株が分離された事例であった。これら2事例の全ゲノムSNV解析結果を図に示す。腹水・胃液および喀痰から同時期に結核菌が分離された事例1では, 胃液と喀痰由来株はゲノムでも同一であったが, 腹水由来株と比べるとSNVs数が1あった。喀痰と耳漏からそれぞれ結核菌が分離された事例2では, 喀痰由来株と耳漏由来株のSNVs数は2であった。
考 察
菌株分離間隔が1年未満から14年の同一患者由来株および家族内感染事例由来株を全ゲノムSNV解析したところ, SNVs数は0-6であった。SNVs数が6の事例は対象外に推定感染源があり, SNVs数が1の事例と5の事例と考えられた。これらの結果から, 日本での結核菌全ゲノムSNV解析でも「疫学的関連がある場合のSNVs数は5以下」と考えてよいと示唆された。
同一患者由来事例株の全ゲノムSNV解析では, 同一患者から同時期に異なる部位から採取された結核菌株にSNVsがみられた。このことから, 患者体内の異なる結核病巣で異なるSNVsの蓄積が起こることが示された。結核集団感染事例由来株を全ゲノムSNV解析した場合, 発症時期や病型から続発患者であることがあきらかな患者由来株が初発患者と判定されるなど, 全ゲノムSNV解析結果と実地疫学情報に齟齬が起きることがある。1人の患者から異なるSNVsの蓄積を持つ複数の菌株が検出されることが, このような齟齬が起こる一因になっていると考えられる。
参考文献
- Walker TM, et al., Lancet Infect Dis 13: 137-146, 2013
- Iwamoto T, et al., PLoS One 7: e49651, 2012