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山形県における結核菌ゲノム分子疫学調査

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山形県における結核菌ゲノム分子疫学調査

(IASR Vol. 46 p55-56: 2025年3月号)
 

本稿では, 山形県で2022年に開始した結核菌ゲノム分子疫学調査の概要および今後の展望についてまとめた。

山形県では, 2009年より菌陽性結核患者全例を対象として結核菌株を収集し, 反復配列多型(VNTR)分析を用いた分子疫学調査を実施している。その中で, 結核の感染源・感染経路追究における分子疫学調査の有用性が見出された。一方, VNTR分析で形成されたクラスターの約半数で患者間の疫学的関連性が不明であり, 結核菌の異同を識別しきれていないのではないか, という懸念を抱えていた1)。そこで, 2022年11月より, VNTRクラスターの結核菌株を対象にゲノム解析を実施し, その結果を保健所と共有しながら分子疫学調査を進めることとした。

調査の流れを図1に示す。要点としては, VNTRクラスターを形成した患者間の疫学的関連性が不明の場合は調査を一旦保留とし, その後得られるゲノム解析結果を基に, 近縁株(結核菌株間の一塩基多型12カ所以内: 患者間の疫学的な繋がりを示唆)の患者のみを追加調査の対象としたことである。これにより, 多くが追加調査不要の非近縁株に振り分けられ, 保健所における効率的かつ高精度な疫学調査に寄与することとなった2)。分子疫学解析を担う側としては, 不確かな情報を含む可能性のあるVNTR分析結果の報告時に抱えていた心的ストレスが解消されるに至っている。

ここで, VNTR分析でクラスターを形成した4株をゲノム解析した1事例を紹介する(図23)。患者A, B株は, それぞれが共通祖先株から変異を蓄積した一塩基多型15カ所の非近縁株であり, 患者間に直接的な関係性はないことが明らかとなった。患者B-D株は, B株が外群株に近く, 他の2株との一塩基多型が1-2カ所であり, 患者Bから患者C, Dへの結核の伝播が推察された。本結果を基に保健所で追加調査を実施したが, 3人の患者の疫学的関連性は不明のままであった。しかしながら, 3人が同一市内在住であったこと, 患者Bが健康診断での要精密検査の判定を放置していた塗抹陽性肺結核患者で, 外回りの仕事をしていたこと, 等を総合して, 患者Bの診断の遅れにより結核が広がった可能性や, 発見の遅れを減らすことの重要性を考察することができた。

結核菌ゲノム分子疫学調査では, 先の例のように, ゲノム解析により得られる「誰から誰に結核が伝播したか」に関する示唆を基に, 各事例を丁寧に分析することが重要である。日本は2021年に結核低まん延国(結核罹患率が人口10万対10未満)の仲間入りをしたが, 次なる目標である結核の準制圧(罹患率が人口100万対10未満)に向けては, 新たな視点や技術の開発・応用等が必要とされている。結核低まん延下では罹患率が低下するにつれて, 最近の感染に起因する結核発病例の割合が低下し, 過去の古い感染に起因する結核発病例の割合が増える4)。このため低まん延化が進むほど, 従来型の実地疫学調査のみでは感染源・感染経路等の究明が困難になる。この困難な課題を解決するための方法として, 社会ネットワーク分析を応用した実地疫学調査と分子疫学解析の併用が有用である5)。山形県では, 実地疫学を担う保健所と分子疫学を担う衛生研究所の連携により結核菌ゲノム分子疫学調査が実践され, 低まん延下での感染源・感染経路等の究明に成果をあげている2,3)

山形県では, 2017年の病原微生物検出情報月報(IASR)結核特集(IASR 38: 238-240, 2017)で予言していた「結核菌ゲノム解析が当たり前に実施されている時代」が想定よりも早く到来した。この点については, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック対応のため, 当所を含めた全国の地方衛生研究所に次世代シーケンサーが導入されたこと, および結核研究所からゲノム解析技術の供与があったこと, が大きい。今後の展望としては, 分子疫学調査の最終着地点ともいえる全数ゲノムサーベイランスへの移行があげられる。ただし, 現時点では解析単価の高いゲノム解析の全結核菌株への展開は予算的に困難であり, 国レベルでの強力なリーダーシップの発揮を願っているところである。

結核の分子疫学調査に関しては, 当所倫理審査委員会による承認を得ている(YPIPHEC 24-09)。

 

参考文献

  1. Seto J, et al., Emerg Infect Dis 23: 448-455, 2017
  2. 瀬戸順次ら, 感染症学雑誌 97: 6-17, 2023
  3. 瀬戸順次ら, 臨床と微生物 51: 156-62, 2024
  4. Behr MA, et al., BMJ 362: k2738, 2018
  5. 阿彦忠之, 公衆衛生 87: 441-448, 2023
山形県衛生研究所       
 瀬戸順次 鈴木麻友 池田辰也 水田克巳 阿彦忠之

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