職場と複数の飲食店にまたがる結核集団感染事例―神戸市
(IASR Vol. 46 p56-57: 2025年3月号)はじめに
2015~2020年の間に神戸市内で, 初発患者の職場と複数の飲食店において, 同一の反復配列多型(VNTR)遺伝子型の結核患者が検出された事例(クラスターサイズ: 7)について, 結核菌株の全ゲノム一塩基多型(SNV)比較解析を行ったので報告する。
事例の概要
本事例は2015年に結核集団感染として厚生労働省に報告した事例で, 初発患者は2015年1月に発症し, 同年9月に診断・治療を開始した(患者ID1_2015.9)。直後の接触者健診により, 同居家族2名の発病(いずれも菌陰性), 職場の同僚1名の発病(菌陰性), 後にさらに2名の発病(菌陰性1名, 菌陽性1名: 患者ID2_2017.4)と4名の潜在性結核感染症(LTBI)が認められた。初発患者の交友関係の調査は困難で, 接触者健診を実施できた人以外の友人3名の発病(いずれも菌陽性: 患者ID3_2015.11, 4_2016.1, 5_2016.6)が順次認められた。初発患者1と友人3は飲食店A, 初発患者1と友人4および5は飲食店Bで交流があった。また, 追加の接触者健診により, 1の親族1名, 1と3の友人1名, 飲食店Bの関係者1名がLTBIと診断された。2019年には, 初発患者1の接触者として3年の経過観察を終了した飲食店Aの関係者(患者ID6_2019.3)が市民健診を契機に活動性肺結核と診断された。
菌陽性患者6名から分離された結核菌株はすべてVNTR型別(JATA12領域+QUB11a, VNTR3232, VNTR3820, VNTR4120)が一致した。さらに, 2020年には, 他の患者との接触は不明だが, 市内分子疫学調査により, VNTR型別の一致した患者(ID7_2020.3)が見つかった。この患者はアルコール肝疾患の既往歴があり, 居住地も比較的近隣であった(事例の実地疫学調査の詳細は事例報告作成中)。
結核菌株全ゲノムSNV解析
患者1-7より分離された結核菌7株より抽出したゲノムDNAを用いて, QIAseq(キアゲン社)でライブラリーを調製し, イルミナ社のMiSeqを用いて全ゲノムリードを取得した。取得したリードデータはFastpでトリミングした後, 解析パイプラインMTBseqにより全ゲノムSNV解析を実施, 閾値を75%以上に設定してSNVsを検出し, PopArt-1.7ソフトウエアを用いてMedian Joining Networkによりゲノムネットワーク図を描写した。
他の患者との疫学的接点が不明であった患者7由来株を含むすべての株は, SNV3カ所以内であり, 同一クローン株による感染であることが確認された(図)。ゲノムネットワーク図は, 初発患者1を中心にした放射状のネットワークを示しており, 実地疫学情報からも, 初発患者を中心に周囲へ感染拡大した事例であると考えられた。ただし, 4の患者由来株は初発患者1と完全に一致し, 両者を区別することはできなかった。SNVの存在比率を75%以上に設定したコンセンサスゲノムを用いる全ゲノム解析での菌株識別力の限界を示すものでもある。
結 論
本事例では, 2015年の初発患者に端を発して, 接触者健診が実施され, 培養陽性患者4名, 菌陰性発病患者4名, LTBI患者7名が特定された。その後, 本事例に関係する飲食店関係者の発病が2019年の市民健診で発見された。さらに, 2020年には本事例との疫学的関連性が不明の患者由来株のVNTR遺伝子型が, 初発患者株1と一致することが市内分子疫学調査で見出された。いずれの患者由来株も, 全ゲノム解析の結果, 初発患者1由来株と同一クローン株であることが確認された。2015年の集団感染発生後, 4年あるいは5年経過後に同一クローン株による患者の発生を検知できたのは, 2004年以降継続的に実施している, 市内の結核菌株を網羅的に収集し解析する結核菌分子疫学調査の成果といえる。
本事例は初発患者が職場と家族, 行きつけの飲食店など, 限定された環境内で濃厚接触者に感染を広げた事例であった。しかし, 2021年以降は同一クローン株による新たな患者の発生は確認されておらず, これは, 保健所が発症した結核患者に加え, 接触者健診で発見したLTBIの治療が必要な患者にも服薬支援を行い, 治療完遂に導いたことが, その要因の1つだと考えられる。