非結核性抗酸菌症
非結核性抗酸菌症
(IASR Vol. 46 p61-63: 2025年3月号)(2025年4月17日黄色部分修正)非結核性抗酸菌(non-tuberculousis mycobacteria: NTM)は, 結核菌群およびらい菌を除いた約200種類の抗酸菌の総称である。NTMは, 水系, 土壌, 動物などの環境中に豊富に存在し, 環境中の菌に曝露を繰り返すことで, 感染が成立すると考えられている。ヒト-ヒト感染は, 免疫不全者を除いて起こさないとされるため, 患者の隔離は不要である。
ヒトに病原性を有するNTMは約50種程度である。主たる感染臓器は肺であり, 皮膚感染がそれに続く。NTM症は, 感染症法の対象疾患ではないため, 正確な発生動向は不明であった。2014年1~3月を対象期間として全国の呼吸器疾患拠点病院に対してアンケート調査を実施した結果, 肺NTM症の罹患率は全国で14.7/人口10万と推定され, NTM症の急速な増加と, 結核の罹患率(2015年)を初めて上回ったことが明らかとなった1)。主要検査会社の抗酸菌データ(2012~2020年: 36万件)の解析では, 罹患率は2013年に15.3/人口10万であり, 2017年に19.2/人口10万と増加していることが推定された2)。また, ナショナルデータベースを用いて全国の肺NTM症有病率を検討した結果, 有病率は年12-22%増加しており, 人口10万対116.3と推定された。現在10年ぶりに, 全国の呼吸器疾患拠点病院に対してアンケート調査が実施されている。
わが国では, Mycobacterium avium subsp. hominissuis(hominiswiss→hominissuisへ修正)(MAH)とM. intracellulare complexを含むM. avium complex(MAC)が肺NTM症の起因菌として最も頻度が高く, 80-90%を占める。また, 地域分布の特徴として, M. intracellulareは西日本に多く, MAHは東日本で高い。M. kansasiiは近畿地方に, M. abscessus subspeciesは九州沖縄地方で高い傾向にある。
NTMが環境中に検出されること, 検出されるNTMが必ずしも感染の結果によらないことから, 肺NTM症の診断は, 肺結核に比べて困難である。「2020国際ガイドライン3)」, わが国の「非結核性抗酸菌症診断に関する指針─2024年改訂」(表1)4)による肺NTM症の診断には, 臨床的要件と細菌学的要件をともに満たす必要があり, 極めて煩雑で長時間かかる。また, 結核との鑑別診断は, 感染対策から極めて重要である。そこで, 両者の鑑別を簡便に, かつ迅速に可能にする補助診断法の開発が希求された。一般の検査室では, PCR法や核酸増幅法による検査で, 結核, MACの同定が可能であり, 陰性の場合はマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI-TOF/MS)で, 大部分のNTMを同定することが可能である。これらの方法で同定ができないNTM亜種等については, 特定の研究施設でのみ実施されている検査により同定の可能性がある。これに加えて, MACが保有し, BCGを含む結核菌群が保有しない細胞壁構成成分であるglycopeptidelipids(GPL)に対するIgAをEIAで測定する血清診断法(タウンズ)が開発され, わが国の実臨床における評価により診断的意義も定まってきた。こうしたことを踏まえ, 暫定的診断基準として当該検査法が採用されている(表2)。
NTM症の診断の確定は治療開始のための必要条件であるが, 直ちに治療を開始する十分条件ではない。2020国際ガイドラインでは, 喀痰抗酸菌塗抹陽性あるいは有空洞例には注意深い経過観察(watchful waiting)よりも治療を開始することを推奨している。その他に, 年齢によらず忍容性, 基礎疾患, 画像所見の推移, 菌種などを加味して治療の要否を判断する。
肺MAC症の治療は, リファンピシン(RFP), エタンブトール(EB), クラリスロマイシン(CAM)の3薬剤による多剤併用療法が標準治療である。空洞がなく, 重度の気管支拡張所見がない結節・気管支拡張型には連日投与だけでなく週3日の間欠治療, 空洞をともなう症例, あるいは重度の気管支拡張所見をともなう場合には連日治療とアミノグリコシド注射薬〔アミカシン(AMK)またはストレプトマイシン(SM)〕の併用が推奨されている(表3)5)。標準治療を6カ月以上おこなっても排菌が陰性化しない場合には難治例と判断する。肺MAC症の治療薬のうち, 保険適応がある薬剤としてはRFP, EB, CAM, SM, リファブチン(RBT), リポソーム化AMK懸濁液吸入療法(ALIS: 難治例に限定)があり, 審査事例として2019年2月にAMKが, 2020年2月にアジスロマイシン(AZM)が, 保険審査上認められるようになった。
CAMは化学療法の中心となる薬剤であり, CAM耐性肺MAC症の治療は非常に困難となる。したがって, CAM耐性を引き起こす単剤治療等は避けるべきとされる。治療期間は「2020国際ガイドライン」では, 培養陰性化が達成されてから最低1年間, と規定されている。しかし, 本方針にしたがって治療を終了し経過観察すると, 5年で約40%が再燃または再感染することが報告されている。わが国から, 排菌陰性化後の治療期間として15~18カ月を確保すると治療終了後の再排菌率が低下する, との報告が複数あり, 治療期間の設定には, これらを参考とするとされている。
NTM症は, わが国の高齢化, 結核の低まん延化にともない, 今後も増加傾向にあると考えられる。NTM症発生動向の経時的な把握, 簡便で鋭敏な診断法の開発・改良, 最適な治療プロトコールの確立と耐性菌発生の予防に向けて, より一層の対応が必要であろう。
参考文献
- Namkoong H, et al., Emerg Infect Dis 22: 1116-1117, 2016
- Hamaguchi Y, et al., ERJ Open Reseach 11: 00337-2024, 2025
- Daley CL, et al., Clin Infect Dis 71: 905-913, 2020
- 日本結核・非結核性抗酸菌症学会非結核性抗酸菌症対策委員会, 日本呼吸器学会感染症・結核学術部会, 結核 99: 267-270, 2024
https://www.kekkaku.gr.jp/pub/pdf/Guidelines_for_the_Diagnosis_of_Non-tuberculous_Mycobacterial_Antimycosis_2024_rev.pdf - 日本結核・非結核性抗酸菌症学会非結核性抗酸菌症対策委員会, 日本呼吸器学会感染症・結核学術部会, 結核 98: 177-187, 2023
https://www.kekkaku.gr.jp/wp-content/uploads/2023/07/CCF20230718.pdf