高知県の中小病院におけるIMP型カルバペネマーゼ遺伝子陽性腸内細菌目細菌感染症アウトブレイク事例への地域支援

高知県の中小病院におけるIMP型カルバペネマーゼ遺伝子陽性腸内細菌目細菌感染症アウトブレイク事例への地域支援
(IASR Vol. 46 p86-87: 2025年4月号)
高知県のA病院(100床未満, 感染対策向上加算未算定)で, 2022年11月からIMP型カルバペネマーゼ遺伝子陽性腸内細菌目細菌(IMP型CPE)感染症のアウトブレイクが発生し, 高知県医療関連感染対策地域支援ネットワークおよびICNネットワークの感染対策専門家(以下, 専門家)が支援に入ったが, 新規症例の発生が続いていた。そのため, 県と保健所が地域の専門家と国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)の支援のもとで疫学調査と指導を行った。なお, 県内では2018年以降散発的なIMP型CPEの検出が確認されていたが, 一病院での集積は珍しい状況であった1,2)。事例の概要とともに中小病院の薬剤耐性菌アウトブレイク対応の課題について述べる。
症例を「2022年11月~2024年10月までにA病院入院中の採取検体から新たにCPEが検出された患者」と定義し, カルテから情報収集したところ, 12症例が確認された。女性が7例(58%), 年齢中央値は85歳(範囲74~98歳)で, 検体は喀痰が7例(58%), 便が3例(25%), 尿が2例(17%)であり, 8例(67%)が感染症を発症していた(肺炎6例, 尿路感染症2例)。全症例が介護を要しており, オムツ交換等の処置を受けていた。2024年10月25日時点で因果関係は不明ながら4例が死亡していた(表, 図)。県衛生環境研究所による検査では, 症例からの分離菌株はEscherichia coliが8株, Enterobacter cloacaeが4株であり, すべてIMP型カルバペネマーゼ遺伝子陽性であった。A病院では, 周辺地域から複数回CPEが持ち込まれた可能性もあったが, 一度持ち込まれたCPEが院内で長期間にわたり感染伝播を継続していたと考えられた。調査時の病棟視察では, 処置全般で手指衛生と個人防護具の交換が不適切なことが確認された。病院職員へのインタビューでは, 職員の知識不足に加え, 専門知識を持つ職員がいなかったこと, 教育機会やマニュアルの活用が十分ではなかったこと, 各部署間の情報共有が特定の職員により主に口頭で行われていたこと, 事例対応開始後に判明した保菌症例の情報が保健所に共有されていなかったこと, 現状のリスク認識が十分ではなくかつ個人差があったこと, が分かった。また, 県内には感染対策専門家のネットワークが存在していたが, 感染対策向上加算未算定の医療機関に対する包括的かつ継続的な感染対策支援を行政がサポートしていく体制がなかった。その後, 2024年11月のスクリーニング検査では新規症例は確認されず, 2025年3月時点で新規症例の発生を継続して監視している。
本事例は中小病院で長期間続くCPEアウトブレイクであった。中小病院では人的経済的資源の不足が感染対策の大きな課題と考えられる3)。今回は関係者による協議の結果, 県の依頼のもと, 地域の専門家により同院での感染伝播に影響していた可能性がある医療行為のベストプラクティス作成と研修実施を支援することなどで, 継続的なA病院への支援を行っていくことになった。本事例では, 専門知識の獲得機会の乏しさ, 実践的なマニュアルの整備や活用不足, 特定の職員に依存した情報伝達体制, 耐性菌アウトブレイクに対するリスク認識の低さと個人差, といった多くの中小病院で共通に存在すると思われる課題が明らかになった。今回, 県主導の専門家の継続的派遣の仕組みが整えられたことにより, A病院に対する中長期的な感染対策の提案や研修機会の提供が可能となった。同様の課題を抱える中小病院は多いと考えられ, そのような環境では大規模なアウトブレイクが生じやすく, 地域全体の感染拡大リスクとなる。そのため, 専門家との連携機会が少ない中小病院への支援は地域の感染対策に重要であり, その質の向上のためには, 行政の支援のもと, コロナ禍で培われた地域の専門家によるネットワークが継続的かつ中心的役割を果たすことが期待される。
参考文献
1) 高知県衛生研究所, 高知県衛生研究所報 63: 9-10, 2018
2) 高知県衛生環境研究所, 高知県衛生環境研究所報 5: 10, 2023
3) 中小病院における薬剤耐性菌アウトブレイク対応ガイダンス
https://amr.ncgm.go.jp/pdf/201904_outbreak.pdf
国立感染症研究所
実地疫学専門家養成コース
後藤滉平 森 秀哉
薬剤耐性研究センター併任実地疫学研究センター
黒須一見 山岸拓也
実地疫学研究センター
島田智恵 砂川富正
高知県
健康政策部 福永一郎
医療政策課 田上裕貴 鎌田桂市 宮地洋雄
健康対策課 濱田一功 梅原愛葉
宮地美智子 松岡智加
川内敦文
中央西福祉保健所 原田織衣 谷脇 妙
古田和美 浜田 純
南 和
独立行政法人地域医療機能推進機構
高知西病院
笠原久美
独立行政法人国立病院機構
高知病院
河村ひとみ
土佐市民病院 西村絵理
白菊園病院 森田安世
高知大学医学部臨床感染症学講座 山岸由佳