RSウイルスワクチンの開発状況, 2025年
RSウイルスワクチンの開発状況, 2025年
(IASR Vol. 46 p120-121: 2025年6月号)
背景
前回のRSウイルス感染症特集においてもRSウイルスワクチン開発の現状を寄稿したが(IASR 43: 94-95, 2022), この3年ほどで状況は劇的に変化している。2023年5月に米国食品医薬品局(FDA)によって世界初のRSウイルスワクチンである組換えRSウイルスワクチン(商品名 AREXVY)が承認されたほか, 半減期延長型の抗RSウイルスヒトモノクローナル抗体製剤であるnirsevimab(商品名 Beyfortus®)も承認されており, 現在ではRSウイルス感染症の予防に選択肢がある状況となっている。本稿では, これら承認済ワクチンおよび抗体製剤について述べる。
承認済RSウイルスワクチンについて
2023年5月9日に, 米国において世界初として承認されたのがグラクソ・スミスクライン(GSK)社の高齢者用(60歳以上)ワクチン, AREXVYである。本邦では2023年9月25日付で承認された。本製剤は組換えタンパク質ワクチンであり, アジュバントと膜融合タンパク質(Fタンパク質)の3量体によって構成される。過去のワクチンの経験により, ウイルスの中和には構造変化前のFタンパク質に存在するエピトープを認識する抗体の誘導が必要であることが判明していたため, 本製剤ではサブグループA由来のFタンパク質の遺伝子配列に変異を挿入し, 構造変化前構造を安定して維持し, かつ効果的に3量体を形成するように設計されている。アジュバントのAS01Eは, 既に承認済の帯状疱疹ワクチン(商品名 SHINGRIX®)で使用されているAS01Bの有効成分を半分にしたものである。本製剤は各国で当初60歳以上を対象として承認されたが, 現在では本邦においても50~59歳にも対象が拡大されている。1回の接種で3シーズンは有効とされる。
AREXVYにつづいて, 2023年5月31日に米国で高齢者用(60歳以上)として承認されたのがファイザー社のABRYSVO®である。同年8月21日には世界で初めて母子免疫用ワクチンとしても承認された。本邦では2024年1月18日付で母子免疫用が先んじて承認され, 同年3月26日付で一部変更申請による適用拡大として高齢者用が承認された。本製剤も組換えタンパク質ワクチンであり, 構造変化前に安定化したFタンパク質の3量体を成分としているが, サブグループAおよびBのFタンパク質が等量混合されており, アジュバントを用いていないことがAREXVYとの違いである。高齢者用としてはこちらも各国において60歳以上で承認されたが, 米国や欧州においては18~59歳にも対象が拡大されている(本邦では未承認)。本製剤も1回の接種で2シーズン有効であることが報告されている。母子免疫用としては, 24~36週の妊婦が接種対象となっている。しかしながら, 米国では, 臨床試験では統計学的に有意な早産の増加は認められていないものの, 潜在的なリスクを考慮し, 32~36週の妊婦を対象として承認された。本邦では, 有効性の観点から28~36週の妊婦への接種が望ましいと添付文書に記載されている。乳児は生後6か月間移行抗体により保護されるとされている。一方で, これら組換えタンパク質ワクチンについては, 高齢者への接種におけるギランバレー症候群のリスクが米国においてアナウンスされている1)。以上を踏まえ, 米国疾病予防管理センター(CDC)からは75歳以上の高齢者および60~74歳のハイリスク者に対してワクチン接種が推奨されている2)。
モデルナ社の核酸ワクチン(商品名 mRESVIA®)は2024年5月31日に米国, 同年8月23日に欧州で高齢者用(60歳以上)として承認されている。本邦では承認申請中である。本製剤は承認済の新型コロナワクチン(商品名 SPIKEVAX®)と同剤型であり, サブグループA由来のRSウイルスのFタンパク質をコードするmRNAを含有する。組換えタンパク質ワクチンと同様に構造変化前に安定化したFタンパク質を発現するように変異が導入されている。本製剤では, 前述のギランバレー症候群のリスクは報告されていないが, 1回接種での効果は1シーズンと報告されている。
抗体製剤について
これまでにヒト化モノクローナル抗体製剤であるpalivizumab(商品名 SYNAGIS®)が承認され, 予防的投与に用いられてきたが, RSウイルス感染症の流行シーズンにわたって毎月筋注を行う必要があった。これらを解決するために半減期が延長され, シーズン1回接種で予防可能な製剤がアストラゼネカ社およびサノフィ社によって開発されたnirsevimab(商品名 Beyfortus®)である。本製剤は2022年11月4日に欧州で, 2023年7月17日に米国で承認され, 本邦では2024年3月27日付で承認された。PalivizumabはFタンパク質のエピトープであるsite II を認識するが, nirsevimabは構造変化前のFタンパク質3量体に存在するsite Øを認識する。欧米では500-1,000ドルほどで接種可能であり, 出生児すべてに接種を行うキャンペーンが始まっている国がある3,4)。米国ではABRYSVO®を1回接種した妊婦は2回目の妊娠では本剤を用いるように推奨されている。一方で, 本剤ではFタンパク質に効果の減弱する変異を持つウイルスの存在や, 逃避変異株の発生リスクが申請資料に記載されており, 国際的な大規模な使用により逃避変異株が蔓延する恐れもある。RSウイルス流行株のゲノムサーベイランスの重要性が高まっている状態である。またnirsevimabと異なるエピトープ(site IV)を認識する同様の半減期延長型抗体製剤であるメルク社のclesrovimabが米国で承認申請中である。
開発中のRSウイルスワクチン
高齢者用および母子免疫用のワクチンは承認されているが, 小児用のワクチン開発は遅れている。唯一, サノフィ社の弱毒生ワクチンであるSP0125が第 III 相試験中である。本製剤はサブグループAの株をベースに, NS2タンパク質, SHタンパク質の一部を欠損させ, 温度感受性変異を挿入した組換えウイルスを抗原としている。
参考文献
- Anderer S, JAMA 333: 1023-1024, 2025 doi:10.1001/jama.2025.0545
- Respiratory Syncytial Virus Infection(RSV)
https://www.cdc.gov/rsv/vaccines/older-adults.html(2025年4月2日閲覧) - Martín JJP, et al., Hum Vaccin Immunother 20: 2365804, 2024 doi: 10.1080/21645515.2024.2365804
- Banoun H, Curr Issues Mol Biol 46: 10369-10395, 2024
https://doi.org/10.3390/cimb46090617
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
呼吸器系ウイルス研究部第二室
白戸憲也