NDBを使用した日本におけるRSV感染症の疾病負荷の推定
NDBを使用した日本におけるRSV感染症の疾病負荷の推定
(IASR Vol. 46 p127-129: 2025年6月号)
背景
RSウイルス(respiratory syncytial virus: RSV)感染症は小児の最もありふれた下気道感染症であり, 2019年の推定によると, 全世界で年間3,300万人がRSVに感染し, 360万人が入院を要し, 26,300人が死亡するとされる1)。近年, RSV感染予防ワクチン, および長期作用型モノクローナル抗体が開発され, 日本国内での使用に際して, RSV感染症の疾病負荷に関心が集まっている。日本のRSV感染症疾病負荷はJMDCデータベースを用いて推定されているが2,3), 匿名医療保険等関連情報データベース(NDB)を用いた疾病負荷は推定されていない。
方法
今回我々は, NDB医科レセプトに2014年4月~2023年3月までに格納された全レセプトデータを用いて, 日本におけるRSV感染症の年齢ごとの年次累積罹患率〔各年齢の人口(過去10年の平均)1,000人当たりの, RSV感染症の発生数〕, 月齢ごとの発生数, および流行の季節性変化を記述した。RSV感染症の定義は, NDBにおいて傷病名「RSウイルス感染症」, 「RSウイルス気管支炎」, 「RSウイルス細気管支炎」, 「RSウイルス肺炎」, 「RSウイルス脳症」に対応する傷病病名コードを含むもの, とした。同一個人(レセプトデータの個人識別番号であるID1nおよびID2が同一のもの)と考えられるレセプトが連続する月にある場合は同一感染として削除し, 前回レセプトから7カ月以上間隔の空いたレセプトは再感染とみなして維持した。
結果
累積罹患率(cumulative incidence):RSV感染症の1年間の累積発生割合は, 0歳が最多で人口1,000人当たり100人, 1歳で75人, 2歳で38人, その後漸減し, 15歳以上の感染はほぼみられなかった(表)。20代後半~30代, および60歳以上で軽微な増加が認められ, 親世代と高齢者の感染が疑われた。ただし, 小児とは異なり, これらの年代の感染が周知でないこと, また迅速検査診断が保険適用でないことから, 感染者数は大きく下方推定となっている可能性が高い。
さらに, 月齢ごとの感染者数の分布をみると, 2014~2019年までは, 生後2か月と11か月に発症のピークがあった(ただし, 月齢は診断月から生年月を引いて算出したため, 最大1カ月の誤差が生じることに注意)。2020年, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のための非医薬品的介入(都市封鎖や休校・休業など)や衛生習慣(マスク着用や手指消毒など)の強化により, 呼吸器感染症の発生が全体的に低下したことが知られており, RSV感染者数も大きく減少した(図1:2020年度)。その後, 2021年に生後11か月のピークが1歳(20か月)に移動する現象がみられた(図1:2021年度)。これは, 2020年にRSVに感染しなかった1歳未満の乳児が免疫を獲得しなかったため, 翌年の流行時に感染したことが原因と考えられる(免疫負債)。2023年はCOVID-19パンデミック以前の月齢分布となった。
季節性(seasonality):流行期の把握は, RSV感染症のハイリスクである早産児, 先天性心疾患, 慢性肺疾患などの基礎疾患を持つ児に対する感染予防のためのモノクローナル抗体投与時期の決定に重要である。2015年以前は, 10月~翌3月がRSV感染症の流行期とされてきたが, 2016年度以降シーズンの開始が早まる傾向がみられた(図2)。さらにCOVID-19の流行により2020年度はRSV感染症の流行がほとんどみられず, 翌2021年は7月にピークがみられた。この結果は感染症発生動向調査とも類似している4)。2021年以降, RSV感染症の流行は5月頃に始まり, 夏に感染が多く, 10月以降の冬にはピークを示していない。今後の流行期の変動のモニタリングが必要である。
考察
本結果は, JMDCおよび感染症発生動向調査の結果と齟齬のないものであった。NDBを用いて, 入院, 致命率, 医療費用の算定も可能であり, NDBは日本におけるその他の感染症の疾病負荷・医療経済効果などの推定にも役立つと考えられる。
参考文献
- Li Y, et al., Lancet 399: 2047-2064, 2022
- Okubo Y, et al., J Pediatric Infect Dis Soc 14: piae115, 2025
- Kobayashi Y, et al., Pediatr Int 64: e14957, 2022
- 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, IDWR過去10年との比較グラフ(週報)-RSウイルス感染症 RSV Infection-
国立感染症研究所
感染症疫学センター
北村則子
感染症サーベイランス部
木村哲也 神垣太郎