産科病棟における新生児メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)集積事例、2019年6月~2022年12月
産科病棟における新生児メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)集積事例、2019年6月~2022年12月
(IASR Vol. 46 p149-151: 2025年7月号)
関東地方にあるA病院の新生児集中治療室で継続的に新生児からメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureus: MRSA)が検出され, 2019年6月以降, 新生児で開始した鼻腔スクリーニングで高頻度にMRSAが検出された。感染対策の強化にもかかわらず新生児でのMRSA検出が続いたことから, 全体像の把握, 感染源・感染経路・リスク因子を明らかにすることを目的とし, 2022年10月に自治体職員と国立感染症研究所職員が現地調査支援を行った。
症例定義を「A病院の産科・小児科病棟で2019年6月1日~2022年12月31日までに検体を採取され, 新規にMRSAが分離された児および産科・小児科病棟に関連した職員」としたところ, 新生児106例, 職員6例の計112例が探知された(表)。新生児症例では, 経腟分娩が63例(59%), 母初産が41例(39%), 新生児集中治療室入室歴なしが68例(64%)であった。1例が退院後の外来でMRSAによる肛門周囲膿瘍を発症したが, 残りの105例は無症状であった。入院期間中, 先行する新生児症例と1日以上入院期間が重なっていた症例は28例(26%)であった。産科病棟のスクリーニング対象(鼻腔に加え, 時期により検体を追加, 図)に占める陽性者の割合は出生0~2日が1%(1/154), 同3日が3%(13/418), 同4~5日が5%(54/1,015)であった。アウトブレイク時に限り, 必要性を十分考慮して実施されることがある医療従事者のサーベイランスや環境培養の一環として1-3), 病棟で新生児と接触した可能性がある全職員に対し実施したスクリーニングでは, 2019年に助産師2例が, 2022年には助産師3例(1例は2019年にも検出), 洗濯業者1例, 清掃業者1例の計5例が陽性であった。助産師4例のうち, 3例で皮膚疾患等を認めていた。職員への聞き取りでは, 病棟での手指衛生遵守状況は職員間でばらつきがあることが分かり, 病棟視察では沐浴時に使用していたワセリンの新生児間共有や, 新生児室で清拭消毒されることなく長期間共有されていた文具等が確認された。しかし, これらの物品を含む環境培養からはMRSAは分離されなかった。地方衛生研究所で実施したパルスフィールドゲル電気泳動解析の結果, A病院では複数のバンドパターンの株が検出されていたが, 一部の職員と新生児からの分離株では同じバンドパターンが, 2019~2022年まで継続して検出されていた。標準予防策と接触予防策の強化, 共有物品の廃止等の環境整備の徹底に加え, 2019年と2022年に陽性となった職員症例には, しばしば保菌者に対して実施されるムピロシン軟膏1日3回3日間鼻腔塗布2-4)による除菌が実施された。ただ, 2022年の5症例のうち助産師2症例は1カ月後の再検査でも陽性であった。除菌後もMRSAを保菌する職員の存在やMRSAの新たな持ち込みの可能性があるため, 2022年12月から新生児に接触する際は, 全例で手袋と長袖ガウンの着用を行う対策強化が行われた。その後, 新生児での新規MRSAの検出は減少し, 2023年1月以降, 月別新規症例が0-1例となった(図)。
本事例は市中病院の産科病棟において, 複数のMRSA株が持ち込まれ, 一部が新生児内で伝播し, 3年以上にわたり新生児病棟で循環した事例であった。特に, MRSA検出は出生から日数が経過するほど陽性割合が増しており, 日々実施している行為で感染している可能性が疑われた。ただし, 先行症例との接触がない症例が多かったこと, 異なる遺伝的背景のMRSA株が検出されていたこと, 不十分な手指衛生が推測されたこと, 環境や物品の汚染があり得る状況であったこと等から, 複数の感染源や感染経路が考えられた。除菌が功を奏さなかった助産師2症例は, 直接間接的な接触による児へのMRSA伝播への関与が否定できなかった。職員の手指衛生強化, 系統的な新生児スクリーニング検査と早期の接触予防策, 保菌職員の除菌等のMRSA対策としてしばしば行われる対策1-4)に加え, 新生児と接する際の職員のユニバーサルな手袋と長袖ガウン着用といった感染対策強化を進めたところ, 2023年1月以降は新規症例の発生が減少し, 終息と考えた。本事例におけるユニバーサルな手袋と長袖ガウンの使用経験は, MRSAが蔓延状況にあり, 一定のMRSA院内持ち込みリスクがある地域で, 新生児MRSAアウトブレイクの対応に難渋した場合の対策として参考になると考えられた。なお, ユニバーサルな手袋と長袖ガウンの着用の効果に関してはさらなる検証が必要であり, 実施を考慮する場合, 費用等のデメリットとのバランスを考慮したうえで慎重な検討が必要である。本事例は, MRSAが長期的に蔓延している病棟における感染制御には, 継続的かつ多面的な対応が重要であることを示唆している。
本事例の対応と調査にかかわられたA病院感染対策チーム, 地方自治体, 地方衛生研究所, 国立感染症研究所実地疫学研究センター(現:国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所応用疫学研究センター)の皆様に感謝申し上げます。
参考文献
- 公益財団法人日本化学療法学会・一般社団法人日本感染症学会, MRSA感染症の診療ガイドライン 2024
- Popovich KJ, et al., Infect Control Hosp Epidemiol 44: 1039-1067, 2023
- Coia JE, et al., J Hosp Infect 118: S1-S39, 2021
- Lee AS, et al., Infect Dis Clin N Am 35: 931-952, 2021
実地疫学専門家養成コース(FETP)
大沼 恵 宮崎彩子
薬剤耐性研究センター
併任応用疫学研究センター
黒須一見 山岸拓也
応用疫学研究センター
島田智恵 砂川富正