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侵襲性髄膜炎菌感染症疑い事例における接触者への対応について―髄液グラム染色の結果から予防内服を開始した1例


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侵襲性髄膜炎菌感染症疑い事例における接触者への対応について―髄液グラム染色の結果から予防内服を開始した1例

(IASR Vol. 46 p151-152: 2025年7月号)

背景

全国における2024年の侵襲性髄膜炎菌感染症(invasive meningococcal disease: IMD)の届出数は, 速報値で66名と, 前年と比較して大きく増加し, IMDの報告が開始になった2013年以降で過去最多となる見込みである1,2)。IMDは, 適切に治療された場合においても致命率が10-15%とされており3), 患者が発生した場合には迅速に接触者を特定し, 予防内服や健康観察等の対応を行う必要がある。

目的

IMDの確定診断前に接触者へ予防内服を実施した今回の事例を踏まえ, 保健所の視点で課題を整理し, 今後の対策に活かすことを目的とした。

事例

東京都墨田区の隣接区に居住する71歳女性がX年Y月31日頃から咽頭痛を自覚し, Y+1月2日の23時頃から発熱, めまい, 意識障害を認めたため, 墨田区内のA病院に救急搬送され, 細菌性髄膜炎疑いで入院となった。Y+1月3日, 髄液のグラム染色にてグラム陰性双球菌が検出され, IMDが疑われたことから墨田区保健所に相談が入った。IMD確定診断前の接触者への予防内服について, A病院, 墨田区保健所, 患者居住地保健所の間で調整を図り, 最終的に, A病院の主治医から患者家族にIMDの概要や予防内服のメリット・デメリットを説明のうえ, (1)同居家族4名, (2)救急車に同乗した別居家族1名, (3)接触のあったA病院職員21名に予防内服を行う方針とした。(1)と(2)はY+1月4日に, (3)はY+1月5日にレボフロキサシンの投与を行った。培養検査では髄膜炎菌が同定され, 薬剤感受性試験ではストレプトマイシンに耐性を示し, セフトリアキソンやレボフロキサシンなど主要な抗菌薬に対しては感受性がみられた。墨田区保健所では本事例での対応を踏まえ, IMD確定例の接触者における予防内服の相談・診療体制をA病院と構築した()。これは, 保健所がA病院に予防内服について相談し, 実際に抗菌薬投与を依頼できるもので, 平日は感染症内科医師もしくは感染管理看護師が窓口となり, 休日・夜間は病院の代表電話を経由して救急外来に連絡することで24時間での対応を可能とした。

考察

国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所の「侵襲性髄膜炎菌感染症発生時対応ガイドライン〔第二版〕」4)では, 検査診断前の接触者への予防内服は想定されておらず, 国内で一定の見解はない。しかし, 海外のあるガイドラインでは5), 患者検体でグラム陰性球菌の存在が確認され, 臨床像からIMDが強く疑われる状況下において24時間以内の検査診断が不可能な場合には, 検査診断前であっても同居者などの濃厚接触者に対して予防内服が検討されるとの記載がある。また, 国内の既報においても診断前の予防内服の重要性が示されており6), 検査診断前でも蓋然性が高い場合は予防内服を考慮する必要がある。予防内服の調整について, 発生届が受理される前の段階では, 保健所としては感染症法に基づく対応ができないため, 病院からの個人情報の取得や保健所間での情報共有は難しい。公衆衛生上, IMDが疑わしい患者についての調査は必須であるが, 個人情報保護の観点からは, 保健所による情報収集や保健所間での情報共有について, 患者から同意を得ることが望ましい。今回の事例では, 情報の取り扱いについて同意を得たうえで, 患者家族への聞き取り調査を行い, 予防内服につなげることができた。その後, 実際に他県のIMD患者の接触者が区内で発生した際には, あらかじめ構築した予防内服の相談・診療体制が十分に機能し, スムーズに予防内服の手配を行うことができた。IMDの発生に備え, 医療機関と連携し, 速やかに予防内服を行うことができる体制を維持していくことは今後重要である。予防内服の第一選択については, 国のガイドライン4)や国外の文献3,5)では, 主にリファンピシン, セフトリアキソン, シプロフロキサシンが推奨されているが, 今回はA病院の薬剤の在庫状況やリファンピシンの副作用に対する懸念から, レボフロキサシンが選択された。今後は, できる限り推奨される抗菌薬が提供できる体制の整備が必要であると考えられるが, 推奨抗菌薬が使用できない場合の抗菌薬選択についても, あらかじめ検討しておく必要がある。また, 国内で分離された153株のうち, シプロフロキサシンに感受性を示したものは54.2%であったとの報告があり7), 薬剤感受性試験は必ず行うべきであると考えられた。

結論

IMDは重篤な転帰をもたらす疾患であり, 確定診断前でも蓋然性を評価し, 接触者への予防内服を検討する必要がある。予防内服の実施については, 医療機関と平時から相談体制や連携体制を構築しておくことで有事の際にスムーズな対応が可能となる。2025年は国内において大阪・関西万博, 東京2025世界陸上, 東京2025デフリンピックといった大規模イベントが企画されており, 事例発生に備えた準備が求められる。

参考文献

  1. 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, IDWR速報データ2024年第52週 
  2. 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, 感染症法に基づく侵襲性髄膜炎菌感染症の届出状況のまとめ(更新)、2013年4月~2023年6月
  3. CDC, Epidemiology and Prevention of Vaccine-Preventable Diseases, Chapter 14: Meningococcal Disease
    https://www.cdc.gov/pinkbook/hcp/table-of-contents/chapter-14-meningococcal-disease.html
  4. 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, 侵襲性髄膜炎菌感染症発生時対応ガイドライン〔第二版〕, 2025年3月28日 
  5. BCCDC, Communicable Disease Control, Meningococcal Disease(June 2017)
    http://www.bccdc.ca/health-professionals/clinical-resources/communicable-disease-control-manual/communicable-disease-control
  6. 國島広之, IASR 34: 366-367, 2013
  7. 高橋英之, 厚生労働科学研究補助金分担研究報告書, 国内で分離された侵襲性髄膜炎菌感染症の起炎症株の血清学的及び分子疫学的解析 H28-R2年の5年間に国内で分離された髄膜炎菌の薬剤感受性解析
    https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202019015A-buntan10.pdf

  墨田区保健所          
   菊地省大 杉山美奈子 杉下由行
  東京曳舟病院          
   藤原 翔 木下庸佑
           

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