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山口県で発生した麻疹アウトブレイクの対応について

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山口県で発生した麻疹アウトブレイクの対応について

(IASR Vol. 46 p139-140: 2025年7月号)

山口県宇部環境保健所管内において, フィリピンに渡航歴のある成人の麻疹症例に関連して, 二次感染2症例が確認された。本事例の対応から, 今後の対策への知見を得たので報告する。

経 緯

初発患者および2例目患者の発生と対応

初発患者(A)は20代女性, 麻しん含有ワクチン接種歴は不明, 2025年2月4~12日までフィリピンに渡航した。帰国した12日から発熱を断続的に認め, 24日に発疹が発現, 3箇所目の医療機関で麻疹を疑い, 26日に検体が採取され, 3月3日に麻疹患者(IgM抗体検査診断例)として宇部環境保健所に届出があった。同日山口県環境保健センターのconventional RT-PCRおよびreal-time RT-PCR検査で咽頭ぬぐい液, 血液および尿から麻疹ウイルス遺伝子を検出した。

Aの届出後の疫学調査で, 同居家族に2月16日から発熱, 咳嗽および鼻汁を認め, 同日にconventional RT-PCRおよびreal-time RT-PCR検査を実施し, 咽頭ぬぐい液から麻疹ウイルス遺伝子を検出し, 2例目の患者(B)を探知した。麻しん含有ワクチン接種歴は1回(記録有)であった。

保健所では, A, Bやその接触者に対し, 健康調査や行動調査を行うとともに健康観察を実施した。Aは2月12日から断続的に発熱していたため, 感染可能期間の始期と終期の判断が難しく, 国立感染症研究所(感染研)と情報共有し, 感染可能期間を決定した。さらにAが感染可能期間に外国籍の航空機を利用していたことが判明したため, 航空会社に連絡し, 搭乗者名簿を入手し, A, Bにともなう健康観察対象者は計309名となった。

また, A, Bともに感染可能期間に不特定多数の方が利用する施設等の利用が判明し, 広く注意喚起するため, 当該施設へ連絡調整し, 翌日に公表した。その他, 医療機関への情報共有や協力依頼, 学校や市町等への注意喚起と定期接種の勧奨を実施した。

3例目患者の発生と対応

3月13日, Aの接触者が発症し, conventional RT-PCRおよびreal-time RT-PCR検査を実施, 尿から麻疹ウイルス遺伝子を検出し, 3例目の患者(C)が発生した。麻しん含有ワクチン接種歴は2回(記録有)であった。Cには, 保健所から有症状時の外出自粛等の依頼をあらかじめしていたため, 接触者は6名であった。感受性者については, 接触後72時間以内であったことから, 緊急ワクチン接種が発症予防に効果があることを説明し, 緊急ワクチン接種を実施した。感受性者のうち1名は年齢的な制約で緊急ワクチン接種を受けられず, 免疫グロブリン製剤の投与を検討したが, 入手困難で手配できず投与は行われなかった。

健康観察から終息

Cの発生後, 麻疹疑い患者はみられず, 最後の接触者発生から4週間が経過した4月16日をもって, 本事例による感染拡大はないとして終息と判断した。

本事例対応を踏まえた知見

本事例では, 3例ともに遺伝子型D8型の麻疹ウイルスが検出され, N遺伝子上の遺伝子型決定部位450塩基の配列が完全に一致したため, 疫学情報から同一株と考えられた。初発患者は, 発疹の出現日等からフィリピンに渡航中に感染したことが考えられた。また, 初発患者の発病から届出までに19日経過していたことが, 二次感染を起こす要因になったと推察された。麻疹が流行している国への渡航予定がある場合には, 事前の予防接種を検討する啓発や, 有症状者は検疫での申告および発症した場合には事前連絡をしたうえでの受診の徹底等, 海外渡航者への予防啓発が重要である。医療機関においては, IgM抗体検査の結果を待って届出を提出すると診断に時間がかかるため, 対応が遅れることが懸念される。「麻しんに関する特定感染症予防指針」にもあるとおり, 麻疹を疑った段階での保健所への一報と, 医療機関においても麻疹疑いとしての感染対策(患者や家族への説明や協力依頼等も含む)を徹底することが感染拡大防止に繋がると考えられる。

今回, 3例目の接触者に緊急ワクチン接種を実施したが, 地域では麻しん含有ワクチンの流通量が限られており, ワクチンの確保や接種可能な医療機関調整に難航した。そのため, 県関係課と調整のうえ, 県医薬品卸業協会に緊急ワクチンのためのワクチン確保について協力を依頼し, 希望者への接種実施となった。県医薬品卸売業協会への働きかけはこの段階であったが, 1例目が発生した段階での働きかけも必要であった。また, 県として平時から緊急時用にワクチンを確保できる体制を検討する必要性も考えられた。

その他, 想定していなかった対応もあった。初発患者の利用した航空機が外国籍であったため, 担当者への連絡や健康観察対象者の名簿入手に時間を要し, 厚生労働省(厚労省)との電話調整が頻繁に必要となった。免疫グロブリン製剤の入手困難性も予想外であった。当初, 免疫グロブリン製剤は, 一般的に流通しているものと考えていたが, 麻疹用免疫グロブリン製剤は, 県内では入手困難で, 手配に1週間程度有することが判明した。これらのような想定外のことは, 厚労省や関係機関との調整が必要であり, かなり時間を要することになる。平時からの連絡体制の整備と必要時に早急に手配等ができるよう事前の準備が重要と再確認された。

まとめ

本事例では, 3例とも重篤にならず, 三次感染を起こさず終息することができた。医療機関や感染研, 関係機関への早急な情報共有がこの結果に繋がったと考えられる。一方で, 想定外の状況にも対応できる連携体制の重要性が明らかになった。今後の対策においては, アフターアクションレビューを行い, 関係機関との連携を一層強化し, より多様な状況に対応できる体制を整える必要がある。

謝辞:本事例の対応に御尽力いただいた医療機関・関係機関, 山口県環境保健センターの皆様, ならびに御支援を賜りました国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所・島田智恵先生に深く感謝申し上げます。


  山口県健康福祉部健康増進課    
   川崎加奈子 三宅裕美子 藤井大輔 小林聖子            
  山口県宇部環境保健所       
   柴田祐美 磯村聰子 柳井千代 野村洋子 本田由起恵 前田和成 

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