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2024年8月に神戸市で検出された麻疹ウイルス遺伝子の分子疫学解析

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2024年8月に神戸市で検出された麻疹ウイルス遺伝子の分子疫学解析

(IASR Vol. 46 p141-142: 2025年7月号)

はじめに

2024年8月に, 神戸市内の医療機関から麻疹行政検査を依頼された疑い患者3名(初発患者とその濃厚接触者2名)の検体からreal-time RT-PCR法により麻疹ウイルスを検出した。これらの検体について, 病原体検出マニュアル1)に記載されたN遺伝子型決定領域(450塩基)を決定したところ, D8型であり, 3患者の配列はすべて一致していた。一方で, NCBIデータベース上には一致する配列は確認できなかった。麻疹ウイルスの部分塩基配列解析は, 遺伝子型の決定や地域での流行状況の把握などを目的として実施されているが, 感染伝播経路の詳細な検討が必要な事例では, 同一遺伝子型内で配列が一致するケースが多いという問題がある。一方, より解像度の高い方法として, MF-NCR(MatrixおよびFusion遺伝子間のnon coding region)領域の配列を解析することが近年提唱されている2)。本稿では神戸市で検出された3検体とそれらから分離したウイルスの全ゲノム配列を決定し, N遺伝子型決定領域, MF-NCR領域(1,018塩基)および全ゲノム配列についてデータベース上のD8型麻疹ウイルス配列と比較し, それぞれの解析手法の解像度について考察したので報告する。

対象と方法

解析対象は, 上述の患者検体3例およびそれらからB95a細胞を用いて分離したウイルス3株に加え, BV-BRC(https://www.bv-brc.org/)にD8型として全ゲノム配列が登録されている195例を加えた計201例とした。本市事例検体については, 10 fragment法3)を用いてゲノム全体を増幅し, QIAseq FX DNA Library Kit(QIAGEN)でショットガンライブラリを作製し, iSeq i100(Illumina)によりリードデータを取得した。取得したリードデータからSPAdes(3.15.1)を用いてアセンブリを実施し, 各検体15,890 bp前後のゲノム配列を構築した。各検体のN遺伝子型決定領域とMF-NCR領域はそれぞれ全ゲノム配列から抽出した。

結果と考察

最尤法を用いて各領域の系統樹を作成した()。外群としてA型の配列を配置した。N遺伝子型決定領域の樹形と比較して, MF-NCR領域と全ゲノム配列の樹形は多様性に富むものとなった。また, 各ウイルス間の1対1の組合せについて変異数を確認したところ, 各領域における塩基配列の完全一致率は, N遺伝子型決定領域が11.09%, MF-NCR領域が0.94%, 全ゲノム配列が0.24%となり, N遺伝子型決定領域に比べ, MF-NCR領域および全ゲノム配列では低い一致率となった。これらの結果は, MF-NCR領域を用いた塩基配列解析はN遺伝子型決定領域より配列分解能の高い手法であることを示唆している。そのため麻疹ウイルスの分子疫学解析を実施する際は, 可能であればMF-NCR領域または全ゲノムの塩基配列を決定することが感染経路等の疫学情報の細分化に役立つと考えられる。一方でMF-NCR領域においては, いまだ登録されているデータ数が少なく, またG-C richな領域であることから, 遺伝子増幅効率が悪いという問題点もあるため, 今後のデータ集積や検査方法の改善が望まれる。なお, 本市事例臨床検体からの解析では, 濃厚接触者間の症例であったため, 決定したゲノム配列は完全に一致していた。一方で, 分離ウイルスは2株が継代1代目での分離であったが, 1株は継代2代目で分離され, その株については元の検体と比較して全ゲノムで2個の単一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)が確認された。うち1つはN遺伝子型決定領域内に確認されたため, 疫学解析を目的としたウイルス遺伝子の解析時には, 細胞を用いた分離の過程で変異が起こる可能性を考慮し, ウイルス量が十分であるなどの条件が整う場合は, 患者から採取した検体から直接解析を行うことが望ましいと考えられた。

参考文献

  1. 国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所, 病原体検出マニュアル麻しん(第4版), 令和4(2022)年10月 
  2. Penedos AR, et al., PLoS One 10: e0143081, 2015
  3. Schulz H, et al., Journal of Virological Methods 299: 114348, 2022
  神戸市健康科学研究所第2衛生研究部  
   平良由貴 楫 理恵子 須賀知子 伏屋智明              
   谷本佳彦(現:京都大学医生物学研究所)
   森 愛 野本竜平

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