日本における麻疹排除の10年:海外の麻疹排除維持の状況も含めた今後の展望
日本における麻疹排除の10年:海外の麻疹排除維持の状況も含めた今後の展望
(IASR Vol. 46 p148-149: 2025年7月号)
はじめに
2015年3月27日, 日本は世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局(WPRO)より, 麻疹の排除が達成された国として正式に認定され1), 2025年3月には10年の節目を迎えた。振り返ると, 日本の麻疹排除達成は, 2007~2008年にかけての10代の若年者を中心とした大規模な国内流行を契機に, 厚生労働省をはじめとする国, 都道府県や市町村等の自治体, 教育関係者等が関係機関をあげて麻疹排除に取り組んだ成果であった。その後の10年間, 日本は麻疹ウイルスの再土着を許さず, 排除状態を維持し続けてきた。本稿では, 麻疹排除維持が必ずしも容易ではない世界の状況, 日本における麻疹排除および維持の特徴と, さらには今後の課題について概説する。
世界の麻疹排除の状況
2023年末時点で, WHOは世界全体の42%に相当する82カ国が麻疹排除を達成または維持としている2)。しかし, 排除を持続的に達成しているWHO地域はなく, アフリカ地域(AFR)ではいまだ排除認定国はない。アメリカ地域(AMR)は, ブラジルとベネズエラで麻疹ウイルスの伝播が再燃し, 一時的に排除認定が取り消されたが, ベネズエラは2023年, ブラジルは2024年に再認定を受け, 現時点ではAMR地域全体で土着性ウイルスの循環のない状態に復帰した。西太平洋地域(WPR)では, 2023年時点で日本を含む8カ国が排除達成と認定されている3)。ただし, モンゴルは2014年に認定を受けたものの, 2015年に輸入例(遺伝子型H1)により大きな流行が始まり, 2017年9月の時点で土着性の伝播が再確立したと分類された3)。日本とともに2015年に麻疹排除認定を受けたカンボジアにおいても, 2018~2019年にかけて輸入例(遺伝子型D8)から流行が発生し, 2020年にステータスを失った3)。ヨーロッパ地域(EUR)でも同様の国は複数存在するが, うち英国は2017年に麻疹排除が認定されたが, 2018年からの約1,000例近い症例の増加と遺伝子型B3で同系統の麻疹ウイルスが12カ月以上検出されたことで, 2019年に排除ステータスを失った4)が, 2023年に排除を再認定された。以上の状況は, 排除の達成以上に, 維持は困難な場合が少なくないことを示している。
かつての日本における麻疹排除への取り組み
日本では2006年に2回の麻しん含有ワクチン(同年以降は麻しん風しん混合ワクチンが中心)を用いた定期接種体制〔第1期:生後12か月以上24か月未満と第2期:小学校就学前1年間(5歳以上7歳未満)〕が導入されたが, 過去の接種対象外世代には依然として「immunity gap(免疫ギャップ)」が存在した。思春期以降の麻疹に対する抗体保有率の低さが問題となり, 2007~2008年の全国的な流行では, 2回目のワクチン接種の恩恵に与かっていない10代を中心に拡がり5), 多くの中学・高校・大学が一時閉鎖するなど, 社会的な影響も大きかった。
これらの状況を受けて, また日本からの麻疹排除達成という目標を見据えて発出された「麻しんに関する特定感染症予防指針」6)では, 従来の定期接種に加え, 5年間(2008~2012年度)限定の中学校1年(12~13歳:第3期)および高校3年相当(17~18歳:第4期)を対象とした全国的なキャッチアップ接種が実施された。この施策は, 学校, 自治体, 医師会など, 多方面との連携により, 対象者の8割超が接種を受けるという高い成果をあげた。
排除後10年間の維持とその要因
2015年以後の10年間でも, 前半(2015~2019年)はWPR地域(2013~2016年)やヨーロッパ等(2018~2019年)での麻疹再興を背景に, 海外からの輸入例が継続してきた。特に成人の未接種者や1回接種者を中心に, 小規模な輸入関連クラスターが報告されてきたが, 自治体を中心とする厳格な症例対応および調査により, いずれも短期間かつ4世代以内で感染が封じ込められ, ウイルスの土着は防がれてきた5)。
後半(2020~2024年)のうち, 2020~2022年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにともなう国際往来の激減により麻疹ウイルス流入がほぼ途絶え, 麻疹発生著減に大きく寄与した。マスク着用や手指衛生, 換気徹底等といった市民レベルの感染対策も, 多くの感染症の減少に繋がったことは記憶に新しい。2023年5月より海外との往来が本格的に再開すると, 国内では, COVID-19パンデミック前と同様に, 成人の未接種者・1回接種者を中心とする輸入関連クラスターが再び報告され始めた7)。2025年には, 東南アジア(特にベトナム)での麻疹流行や, 欧米(例えば米国・カナダ)での麻疹急増を背景に, 日本の輸入症例も増加し, 5月末時点で100例を大きく超えている8)。
おわりに
日本の麻疹排除戦略は, 年代的な発生動向やimmunity gapの把握を基盤とし, 教育機関や医師会との連携, 自治体主導の取り組みを特徴としてきた。複数年度にわたるキャッチアップ戦略や, 学生を明確に対象とした施策は日本特有のものであった。しかし, COVID-19パンデミックを経て, 麻疹の排除維持における今後の課題もみえている。すなわち, ワクチン忌避も影響した接種率の低下は, 世界各地の麻疹再興と関連している。今後も輸入症例によるウイルスの定着リスクが続く中, 市民の麻疹への関心を維持し, 小児の定期接種の徹底が必要である。加えて, 国内に存在するimmunity gapの検出と対策, 医療機関や自治体における, 輸入例を含む疑い症例の早期探知と検査対応を引き続き強化し, 従来の取り組みを持続しつつ, 国内外の状況変化に応じて新たな課題にも柔軟に対応することが求められる。
参考文献
- WHO, Guidelines on Verification of Measles and Rubella Elimination in the Western Pacific Region, SECOND EDITION
https://iris.WHO.int/bitstream/handle/10665/331139/9789290618607-eng.pdf?sequence=1 - Minta AA, et al., MMWR Morb Mortal Wkly Rep 73: 1036-1042, 2024
- Takashima Y, et al., Vaccines(Basel)12: 817, 2024
- UK Health Security Agency, Why have we seen an increase in measles cases?, 19 August 2019
https://ukhsa.blog.gov.uk/2019/08/19/measles-in-england/ - Sunagawa T, et al., Vaccines 12: 939, 2024
- 厚生労働省, 麻しんに関する特定感染症予防指針, 平成19年12月28日(平成28年2月3日一部改正・平成28年4月1日適用)(平成31年4月19日一部改正・適用)
https://www.mhlw.go.jp/content/000503060.pdf - 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, 麻疹の発生に関するリスクアセスメント(2024年第一版)(2024年2月14日時点)
- 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, 麻疹発生動向調査 麻しん累積報告数の推移 2018~2025年(第1~21週)
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
応用疫学研究センター
砂川富正