宮崎県における重症熱性血小板減少症候群ウイルスのゲノムサーベイランス
宮崎県における重症熱性血小板減少症候群ウイルスのゲノムサーベイランス
(IASR Vol. 46 p161-162: 2025年8月号)
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)はブニヤウイルス目フェヌイウイルス科バンダウイルスに属するSFTSウイルス(SFTSV)によって引き起こされる感染症である。SFTSVは, S, M, Lの3分節からなる一本鎖マイナスRNAであり, 2011年に中国において発見され, 2013年に日本においてもその存在が確認された1,2)。
宮崎県におけるSFTS患者数は, 2023年12月31日時点で2013~2023年の間に累計110人, 死者30人に達しており(2012年に遡って確認された1検体を含む), これは日本全国の患者数の約10%を占め, 都道府県別では最も多い。
吉河らの研究によって, SFTSVの遺伝子型はJapanese clade(J1-J3)とChinese clade(C1-C5)に分類されることが分かっている3)。しかし, 遺伝子型と感染推定地域の関連性については十分に解明されていない。そこで本研究では, 2012~2023年にかけて宮崎県で確認されたSFTS患者由来の検体を対象(感染推定地域が宮崎県外のものを含む)に, 次世代シーケンサーによるSFTSVゲノムの配列決定を行い, ゲノムサーベイランスを通じてSFTSVの遺伝子型と感染推定地域の関連性の解明を目的とした解析を行った。
次世代シーケンサーによる解析の結果, 110検体のうち, S分節85検体, M分節72検体, L分節76検体について, ほぼ完全長のSFTSVゲノムが解読された。取得されたゲノムをもとに, Popart(https://popart.maths.otago.ac.nz)を用いてハプロタイプネットワーク図を作成した(図1)。この結果, 既報のJ1およびJ3に加え, これらとは異なる新規遺伝子型(J4とする)が存在することを確認した。J1-J4に含まれなかった株は, ほとんどが患者の感染推定地域が県外の株であり, 今後の調査をすることで分岐が生じる可能性があることからJ-unclassifiedとした。SFTSVゲノムと患者の感染推定地域を確認したところ, 宮崎県の北部ではJ4, 中央部ではJ1, 南部ではJ3の遺伝子型が分布していることが確認された(図2)。さらに, 3株において遺伝子再集合が, M分節2株において遺伝子組み換えが確認された。
これまで, 広範囲の地域にわたるSFTS患者の全ゲノム解析は行われていたが3), 都道府県ごとの調査はあまり行われていない。今回の研究の結果から, 宮崎県で確認されたSFTSVゲノムは非常に狭い範囲でも地域性があることが確認された。宮崎県は, 約7,734.16km2程度4)の大きさで, この範囲で複数の遺伝子型がそれぞれ地理的に偏在していることは, SFTSVの移動が限定的であることを示唆している。この結果は, SFTSVが主にベクター(マダニ)と野生動物の間で感染環が成り立っているという事実からも裏付けられる。マダニを媒介する野生動物(イノシシやシカなど)の行動範囲は狭いため, 地理的隔離に近い状態を生みだし, SFTSVの地域性を成り立たせている可能性がある。一方で, 遺伝子再集合や離れた地域で発生している株同士の組み換え体が検出されており, この結果はウイルスが遠く離れた地域に移動する可能性を示唆している。これは, イノシシやシカの行動範囲では説明がつかないようなウイルスの移動経路が存在する可能性を意味している。
今後, ヒト, 動物, マダニ, ウイルスについて, 複合的に研究していくことで, SFTSVの地域性について理解が深まっていくものと思われる。今回の研究結果は, SFTSVゲノムの解析が患者の感染地域の推定に役立つことを示唆している。本所に検査依頼のあるSFTSV感染患者の中には, 感染推定地域を絞り込むのが難しい患者もいるが, ゲノム解析を行うことで, 感染推定地域を絞り込める可能性がある。
参考文献
- Yu XJ, et al., N Engl J Med 364: 1523-1532, 2011
- Takahashi T, et al., J Infect Dis 209: 816-827, 2014
- Yoshikawa T, et al., J Infect Dis 212: 889-898, 2015
- 国土地理院, 過去の面積調(昭和63年以降)
https://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/OLD-MENCHO-title.html
宮崎県衛生環境研究所
成田 翼 新田真依子 水流奈己 矢野浩司
前宮崎県衛生環境研究所職員
三浦美穂 吉野修司
小林保健所
野町太郎
宮崎大学産業動物防疫リサーチセンター
岡林環樹