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重症熱性血小板減少症候群の病態解明研究

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重症熱性血小板減少症候群の病態解明研究  

(IASR Vol. 46 p162-164: 2025年8月号)

重症熱性血小板減少症候群(severe fever with thrombocytopenia syndrome: SFTS)は, SFTSウイルス(SFTSV)によって引き起こされるウイルス性出血熱の一種である。2024年には, 抗ウイルス薬ファビピラビルがSFTSに対する治療薬として承認されたが, 抗ウイルス療法のみでは重篤な病態の完全な制御には至っておらず, 病態改善を目的とした新たな治療薬の開発が引き続き求められている。治療戦略の確立には, SFTSの病態理解が不可欠であり, その解明は喫緊の課題である。

ウイルス性出血熱は, 病原体にかかわらず臨床像に共通点が認められる一方で, 病態形成の機序はウイルスごとに異なる特徴を示す。本稿では, 他のウイルス性出血熱とは異なる特徴として, SFTSVによるB細胞感染に着目し, ヒト検体および動物モデルの解析から得られた最新の知見を概説する。

ヒト検体解析からみえてきたB細胞中心の病態

主要なウイルス性出血熱の感染標的細胞は単球やマクロファージが中心である。しかし, SFTS致死患者のリンパ節や脾臓の病理組織学的解析により, B細胞系とマクロファージの両方がウイルス抗原陽性細胞として検出された1)。特に, ウイルス抗原陽性細胞の大部分はB細胞であり, 中でも抗体産生する形質細胞へと分化する過程の形質芽球であることが明らかにされた1)。これらの細胞ではウイルス複製を示唆するゲノムRNAも検出されており, リンパ節や脾臓などの二次リンパ器官が主要な感染の場であると考えられている。

SFTSV抗原陽性細胞は, リンパ器官だけでなく, 肝臓, 副腎, 心臓, 肺など全身の非リンパ器官でも検出される1,2)。興味深いことに, これらの臓器の抗原陽性細胞は実質細胞ではなく, 浸潤した形質芽球が主に検出された1)。このことは, 二次リンパ器官で感染や誘導された形質芽球が血流を介して全身に拡散し, 多臓器にわたる病変形成への関与が示唆される。

通常, 健常人の末梢血中にはほとんど存在しない形質芽球は, SFTS患者では発症急性期(4~8日後)から一過的に出現することが報告されている3)。また, SFTS患者血液のシングルセル遺伝子発現解析により, ウイルス遺伝子が検出される細胞の多くがB細胞系統(形質芽球や形質細胞)であること, 特に致死例ではインターフェロン刺激遺伝子が上昇した特殊な形質芽球が誘導されることが示された4,5)

形質芽球の増加と相反して, SFTSVに対する抗体(特にIgG抗体)の産生は, 致死症例では著しく阻害されている6)。致死患者のリンパ組織の解析では, ウイルスゲノム量とIgG遺伝子発現量が正の相関を示したが, SFTSVに対する抗体産生の不全を考慮すると, これらはウイルス特異的なB細胞ではない可能性がある1)。ウイルスが形質芽球に感染すること, もしくは誘導することが, B細胞の正常な分化・成熟を妨げ, 抗体産生不全を引き起こし, ウイルス排除を困難にしているという病態仮説が考えられる。

動物モデルからみえてきたB細胞系の攪乱

当研究グループではSFTSV感染動物の病理組織学的解析も進めている。現在, 特に注力しているのはフェレットの実験感染モデルであるが, ネコの解析からも重要な知見を得ている7,8)。これらの動物でもSFTSV抗原は主に脾臓やリンパ節といった二次リンパ器官の形質芽球に認められ, ウイルス増殖の場として重要な役割を担っていることが想定された。これら形質芽球は空間的にB細胞の主要な成熟の場であるリンパ濾胞内ではなく, リンパ濾胞周縁の脾臓では辺縁帯と呼ばれる領域に蓄積していた。このことは, これらの形質芽球が一般的な抗体産生細胞への分化経路である胚中心経路ではなく, 濾胞外経路によって分化している可能性を示唆している。濾胞外経路は胚中心経路と比較して反応が速いものの, そこで生じる抗体産生細胞の抗体の抗原に対する親和性・特異性は低く, ときに自己免疫疾患の成立にも関与することが知られている9)

濾胞外では形質芽球が旺盛に増殖している一方で, 抗原に対する親和性・特異性の高い抗体の産生を担う胚中心反応は重症動物では抑制されている。フェレットにおいては, 重症化した4歳以上の個体では脾臓やリンパ節での胚中心の形成がほとんど認められないが, 軽症の2歳以下の個体では胚中心の反応が認められる。この現象はSFTSV感染ネコでも同様に観察されており, 当研究グループは, 抗SFTSV抗体産生レベルの高い個体群と低い個体群で, 胚中心B細胞のマーカーであるBcl6陽性細胞の密度を比較すると, 抗SFTSV抗体産生レベルの高い個体群で有意にBcl6陽性細胞の密度が高いことを示している10)。SFTSの病態形成には様々な液性因子や炎症細胞がかかわっていると考えられるが, 以上に述べたようなB細胞系の攪乱は抗体産生に直接的にかかわる現象であり, 重症化の要因となっているものと考えられる。

おわりに

近年のヒトSFTS症例や動物モデルの病理学的研究から, SFTSのB細胞(形質芽球)が病態形成の中心的な役割を担う独自の病態形成機構を持つことが明らかになってきた。今後は, B細胞が形質芽球へと分化・増殖する機構や, なぜ形質芽球がウイルス感受性を示すのか, そして抗体産生が阻害される詳細な機構を解明することが, SFTSの重症化機構の全容理解と, 新たな予防・治療法の開発に繋がるものと期待される。

参考文献

  1. Suzuki T, et al., J Clin Invest 130: 799-812, 2020
  2. Hiraki T, et al., Pathol Int 64: 569-575, 2014
  3. Takahashi T, et al., J Infect Dis 220: 23-27, 2019
  4. Li H, et al., Cell Rep 37: 110039, 2021
  5. Park A, et al., mBio 12: e02583-20, 2021, doi: 10.1128/mBio.02583-20
  6. Song P, et al., Nat Commun 9: 3328, 2018
  7. Park ES, et al., Sci Rep 9: 11990, 2019
  8. Sakai Y, et al., Emerg Infect Dis 27: 1068-1076, 2021
  9. Elsner RA & Shlomchik MJ, Immunity 53: 1136-1150, 2020
  10. Sakai Y, et al., Front Microbiol 14: 1333946, 2024

  国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所感染病理部  
   宮本 翔 坂井祐介 鈴木忠樹

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