SFTSを契機とした宮崎県におけるワンヘルスの取り組み
SFTSを契機とした宮崎県におけるワンヘルスの取り組み
(IASR Vol. 46 p168-170: 2025年8月号)
はじめに
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)はマダニを介した致命率の高いウイルス感染症である。近年では動物, 特にネコでの発症例も増加しており, これらからヒトへの感染事例も報告されていることから, SFTSはマダニのみならずペットなど動物を介して感染しうる注視すべき人獣共通感染症ともなっている。宮崎県はSFTS患者の届出数が全国で最も多く, また飼いネコでの発生数も多いため, 医療従事者, 獣医療従事者をはじめとした多職種による情報の共有や連携が不可欠な地域である。このような連携は, ヒトと動物, 環境の健康を一体として捉える「ワンヘルス」の実践そのものであり, SFTS対策においても極めて重要である。感染症の分野では医学-獣医学の連携は重要と考えられる一方で, 必ずしも職種間の交流が活発とはいい難い。今回, SFTSをきっかけとして宮崎県で取り組んできた地域におけるワンヘルスの取り組みについて紹介したい。
地域ワンヘルス活動のきっかけ
SFTSの国内1例目が報告された翌2014年からは宮崎県立宮崎病院でも多くのSFTS患者を経験することとなった。入院した患者は山間部のある特定の地域に偏在することから, SFTSには何らかの地域特性があるのではという疑問を抱いていた。そのような中で, SFTSウイルスについて野生動物の疫学研究等を行う宮崎大学農学部獣医学科の獣医師, 研究者と知り合うこととなり, マダニ媒介感染症の調査, 研究を行っていた宮崎県衛生環境研究所にも呼びかけてSFTSに関する情報交換の機会を設けることとなった。
宮崎ワンヘルス研究会の発足
2017年1月に医師, 獣医師, 研究者で集まり, 各施設でのSFTSへの取り組みや疑問点について意見交換を行った。医療として当院からは症例を, 獣医療からは野生動物のSFTSウイルスの抗体保有率など疫学情報を, また地方衛生研究所からはマダニの分布やマダニ媒介感染症の発生状況をそれぞれ報告し合った。話し合いの中で, SFTS発生については自然環境, 野生動物などと密接に関係しており, 地域特性についても共通認識を得ることとなった。各現場のみでは到底知り得ない情報, 新たな視点や疑問が出てくるなど, 多職種連携の重要性を肌で感じる場であったために, 定期的に情報交換を行うこととなった。人獣共通感染症を主とした感染症に特化して地域でのワンヘルス活動を行うことを目的として「宮崎ワンヘルス研究会:MOH研(モー研)」と称し, その後活動するに至った。
研究会の活動内容
活動は医師, 獣医師, 研究者, 微生物検査技師, 薬剤師, 看護師, 行政職員等による小規模なもので, 参加者の日常業務に支障がない範囲での実施を基本としている。主な活動は以下の3点である。
(1)定例ミーティング(年2回程度):研究会の中心であり, 感染症についての非公開の話し合いという規定のみで, 各施設から自由なテーマを持ち寄って議論を行っている。SFTSの話題が多いものの, 他の感染症や各分野の感染対策など様々なテーマが取り上げられている。
(2)公開講座(年1回):医療, 獣医療, 保健行政にかかわる職種を対象とした感染症に関する講座であり, 1つのテーマに対して複数の分野の講師を招いて開催している。
これまでSFTS, ワンヘルス, 薬剤耐性(AMR), 狂犬病などを取り上げ, 最近では, 県医師会, 県獣医師会の理解も得て, 両会との共催によるセミナーも開催している。
(3)出張講習会(適宜):人獣共通感染症に関して要望に応じて開催しており, これまではSFTSに関する講習会が中心となっている。
規模こそ大きくはないものの, 人獣共通感染症を中心に地域での多職種の橋渡し的な存在を目指し活動している。
SFTSにおける地域でのワンヘルス活動
研究会の活動を通じて, SFTSに関しては当初の予想を上回る取り組みを実施するに至った。研究会発足の半年後に厚生労働省よりネコからヒトへのSFTS感染についての注意喚起が出されたことを受け, 獣医師向けの出張講習会を開催した。その際, 獣医師から「ずっと以前(SFTS初報告の8年前)に血小板減少のイヌを診察した後, 自身と飼い主家族がSFTS様の症状で入院した経験がある」との報告があった。これをきっかけにカルテ調査等を行い, 飼いイヌを介したSFTSの集団感染が疑われる事例として報告した1)。さらに, SFTSの公開講座に参加していた動物病院の獣医師が, 実際に飼いネコからSFTSに感染して入院した事例も経験し, これを契機に獣医療従事者へのSFTS啓発の重要性を再認識し, 県内各地で講習会を開催した2)。獣医師からの「自分が過去に感染していた可能性はあるか」という問い合わせをきっかけに, 獣医療従事者の抗体保有率の調査も実施したところ, 一般住民と比べ有意に高いことも判明した3)。また, ある動物病院より「院内感染対策の具体的な方法が分からない」と研究会に相談があり, 感染管理認定看護師による獣医療従事者を対象とした感染対策実習を開催した。当時は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行前でもあり, 狂犬病も診ることのない国内では, ペットからヒトに感染しうる致命率の高いSFTSを通して初めて動物病院での感染対策の重要性を認識した, との声を聞いた。
ワンヘルス・アプローチ:多職種連携の重要性
SFTSの国内発見の経緯は医学・獣医学の連携によるまさにワンヘルス・アプローチの成果であり, その対策においても同様の枠組みが求められる4)。これまでSFTSをきっかけとして主に医学と獣医学を中心として小規模ながらも活動を続けてきたことにより, 人獣共通感染症においては地域の医療, 獣医療, 保健行政間で風通しの良い状況が保てていると感じる。今後も宮崎ワンヘルス研究会がワンヘルスの橋渡し役としての役割を果たせるよう取り組んでいきたい。
参考文献
- Kirino Y, et al., J Infect Chemother 28: 753-756, 2022
- Yamanaka A, et al., Emerg Infect Dis 26: 2994-2998, 2020
- Kirino Y, et al., Viruses 13: 229, 2021
- Takahashi T, et al., J Infect Dis 209: 816-827, 2014
山中篤志
宮崎大学
農学部獣医学科
岡林環樹 桐野有美
医学部
川口 剛
宮崎県衛生環境研究所
野町太郎 杉本貴之 吉野修司 成田 翼