重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の発生を端緒にした国内におけるダニ媒介感染症対応基盤構築の推進
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の発生を端緒にした国内におけるダニ媒介感染症対応基盤構築の推進
(IASR Vol. 46 p172-173: 2025年8月号)
2012年秋に国内で発生が確認され, 2013年初頭に初めて報告された重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は, 国内のダニ媒介感染症対策を大きく進展させる契機となった1,2)。この初発例の確認を受け, 同年3月にはSFTSが感染症法上の4類感染症に位置付けられ, 診断した医師による全数届出が義務化された。以降, SFTSの届出は西日本を中心に年間50-100例程度で推移し, 致命率は約27%と報告されている3)。この状況に対応するため, 国立感染症研究所(現:国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所)が中心となり, 全国の地方衛生研究所においてreal-time RT-PCR法によるSFTSウイルス(SFTSV)の遺伝子検査体制が速やかに整備され, 正確な診断と迅速な疫学調査の基盤が構築された。
SFTSへの対応として, 厚生労働科学研究費補助金や国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援による研究班が組織され, 国内におけるSFTSの疫学, 病態解明, 診断法開発, ウイルス保有節足動物・野生動物に関する基礎的な知見が集積された4)。これらの研究活動の中で, より実用化を志向した治療薬開発も進められた。基礎研究でSFTSVへの有効性が示唆された抗インフルエンザウイルス薬ファビピラビルについて, 医師主導臨床研究が実施され, その結果は後の医薬品承認に繋がる重要なエビデンスとなった5)。
SFTS対策で強化された研究・サーベイランス体制は, 国内に存在する他のダニ媒介性ウイルスの発見にも繋がった。国内では1993年に北海道でダニ媒介脳炎(TBE)の発生が報告されていたが6), SFTS登場以降, 次世代シーケンサー(NGS)等の網羅的遺伝子解析技術の活用が進み, SFTSが疑われるものの原因不明であった症例から新規ウイルスが同定される事例が続いた7)。2019年には北海道の急性熱性疾患患者から新規ナイロウイルスであるエゾウイルスが同定され, 中国においてもヒトでの感染が報告されている7,8)。2023年には, 2018年に国内のタカサゴキララマダニから分離されていたオズウイルスによる世界初のヒトでの致死症例が報告された9,10)。これらの発見は, 国内に複数の未知のダニ媒介性ウイルスが存在し, すでに公衆衛生上のリスクとなっていることを示している。さらに, アジア地域全体でも新興ダニ媒介性ウイルスの発見が相次いでおり, 新興ダニ媒介性ウイルス感染症の「ボーダレス化」が示唆される。例えば, 海外でヒトへの病原性が報告されているTamdy virusやWetland virusといったナイロウイルスに近縁なウイルスとして, 国内ではエゾウイルスのほか, トフラウイルスがマダニや野生動物から確認されている11)。また, 海外でヒトへの病原性が報告されているJingmen virusも国内のマダニから検出されている12)。さらに, オズウイルスは米国で致死的な感染症を引き起こすBourbon virusと分子系統学的に非常に近縁であり9), 同様にSFTSウイルスも米国のハートランドウイルスと近縁であることが知られている。
SFTSVに加えてエゾウイルス, オズウイルスといった多様なダニ媒介性ウイルスの存在が明らかになったことで, 対策は個別の疾患を対象とするものから, より統合的なアプローチへと転換する必要性が生じた。この要請に応える形で, 2021年以降, AMEDの支援のもと「新興ダニ媒介性ウイルス重症熱に対する総合的な対策スキームの構築」研究班が組織された13)。この研究班では, 中核的な取り組みとして「マダニ刺咬後の発熱疾患レジストリ」の構築が進められている14)。これは, 既知の病原体が陰性であった原因不明の症例について, 臨床情報と検体を全国規模で集約し, 網羅的な病原体探索を行うシステムである。このアプローチは, 特定の病原体を対象とする従来のサーベイランスから, 臨床像(シンドローム)を基盤とするサーベイランスへの移行であり, 未知の病原体を早期に探知し, 迅速なリスク評価や診断法開発に繋げることが期待される。
2013年のSFTS国内初発生は, 国内のダニ媒介感染症対策を飛躍的に進展させる契機となった。初期の迅速な行政対応と検査体制の整備, それに続く研究事業による基礎から臨床への橋渡し研究は, SFTSという単一疾患の対策に貢献するだけでなく, エゾウイルスやオズウイルスといった新たな脅威を同定する原動力となった。現在, これらの経験を基に, 個別の疾患対策から, 未知の病原体をも視野に入れた統合的なサーベイランス・研究体制へと対策は進化している。今後も, 行政, 研究機関, 臨床現場が密に連携し, この対策基盤をさらに強化・発展させていくことが, 国民の健康を守るうえで不可欠である。
参考文献
- 西條政幸ら, IASR 34: 108-109, 2013
- 西條政幸ら, IASR 34: 40-41, 2013
- Kobayashi Y, et al., Emerg Infect Dis 26: 692-699, 2020
- 厚生労働省, 厚生労働科学研究費について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/kenkyujigyou/index.html - Suemori K, et al., PLoS Negl Trop Dis 15: e0009103, 2021
- 厚生労働省, ダニ媒介脳炎
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000133077.html - Kodama F, et al., Nat Commun 12: 5539, 2021
- Zhang MZ, et al., Lancet Infect Dis 25: 390-398, 2025
- Ejiri H, et al., Virus Res 249: 57-65, 2018
- 峰 宗太郎ら, IASR 44: 109-111, 2023
- Hayasaka D, et al., Ticks Tick Borne Dis 13: 101860, 2022
- Kobayashi D, et al., Viruses 13: 2547, 2021
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED), 令和4年度「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」の採択課題について
https://www.amed.go.jp/koubo/11/02/1102C_00040.html - AMED 新興ダニ媒介性ウイルス重症熱に対する総合的な対策スキームの構築, 分担研究 マダニ刺咬後の発熱疾患レジストリの構築
https://www.tickborne-diseases.jp/
国立健康危機管理研究機構
国立感染症研究所ウイルス第一部
海老原秀喜