本邦における小児侵襲性GBS感染症由来株の分子疫学について
本邦における小児侵襲性GBS感染症由来株の分子疫学について
(IASR Vol. 46 p189: 2025年9月号)
B群レンサ球菌(Group B Streptococcus: GBS)は新生児, 乳児において髄膜炎や菌血症(死産を含む)などの侵襲性GBS感染症を引き起こす。また, 高齢者においても菌血症や感染性心内膜炎などの侵襲性感染症を引き起こし, 時に劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)の原因菌となる。新生児/乳児の侵襲性GBS感染症(iGBS)は1,000出生当たり0.5人程度に発症し, 致命率は5-20%程度と高い。また一命を取りとめたとしてもその20-30%に視覚聴覚障害, 寝たきりなどの重度の後遺症が発生する。世界全体では年間50万件以上の早産と関連し, 約9万人の新生児・乳児死亡, 5万7千件の死産を引き起こしている1)。
小児(15歳以下)のiGBSは発症時の日齢が0~6である早発型(early-onset disease: EOD), 日齢7~89である遅発型(late-onset disease: LOD), 日齢90以降である超遅発型(ultra late-onset disease: ULOD)に分類される。EODはiGBS全体の約2割を占め, 母体が膣や直腸に保菌しているGBSが胎内あるいは出産時に垂直感染することが原因とされる。LODは全体の約7割を占め, 感染源はいまだ明らかになっていない。ULODも含めて出産時の垂直感染, 養育者や兄弟からの水平感染が疑われている。芝田らが実施した2016~2020年の本邦小児iGBS実態調査2)によると, EODの6.5%(12/186症例), LODの3.0%(19/628症例), ULODの3.3%(2/61症例)が死亡し, EODの16.1%(30/186症例), LODの9.7%(61/628症例), ULODの11.5%(7/61症例)に何らかの後遺症が発生していた。
GBSは菌体表面に莢膜多糖体をもち, その構造の違いから10種類の莢膜型に分類されている(Ia, Ib, II-IX)。莢膜型によって侵襲性が異なることが知られ, 小児iGBS患者からはIa, Ib, III, IV, V型が多く検出される。薬剤耐性菌のナショナルサーベイランス研究(JARBS)で実施されているiGBSの疫学調査によると, 上記の5種類の莢膜型によるiGBSが小児(15歳以下)iGBSの95%以上を占めていた。
この中でも特にIII型が主要な莢膜型であり, 全体の約5割を占める。この傾向は世界各国で観察される。Multilocus sequence typing(MLST)法によるタイピングを実施すると, III型の中でもIII-ST17は接着因子であるHvgAやSrr2を保有しており, 高病原性クローンとして広く認知されている。本邦ではIII-ST335に属する株による小児iGBS症例も散見されるが, 主要なクローンは他国と同様にIII-ST17である。さらに, 本邦小児由来株ではPilus island(PI)-1を欠損し, かつPI-2bを保有し, tetO(テトラサイクリン耐性遺伝子), ermB(マクロライド耐性遺伝子)陽性であるサブクローンが大半を占める。このサブクローンは日本の他にもカナダ3), 中国4), サウジアラビア5)からも報告があり, 各国に拡散している可能性が示唆される。また, 本邦においては2020年前後からIV型によるiGBS症例が増加している。現在検出されているIV型株はそのほとんどがIV-ST452に属しており, これは2000~2010年頃から北米で検出が増加したクローンである。III-ST17と同様にSrr2を保有しているが, HvgAは保有しておらず, 薬剤耐性遺伝子も保有していない。ヨーロッパやアフリカ諸国からはほとんど報告がないため, 北米で検出されている株と本邦の株との間に何らかの遺伝学的関連性が示唆される。Ib型は数年前までは本邦の小児iGBS患者の約10%から検出されており, その大半はST10に属していた。Ib-ST10はキノロン系抗菌薬に耐性であることが特徴であり, その多くの株がGyrAのS81L置換および, ParCのS79Y置換を有している。このクローンは近年, 本邦小児患者からの検出が減少しているが, 今後の動向に注意が必要である。
現在, EODおよび日齢が若いLODの予防を目的とした妊婦GBSワクチンの開発が諸外国で進んでいる6)。これらのワクチンは, 一部の莢膜型や表面タンパク質を抗原として免疫を誘導するため, すべてのGBS株に対して予防効果があるわけではない。そのため, ワクチンの導入にあたっては, 対象地域におけるワクチン抗原の分布に関する疫学情報を把握することが重要である。
参考文献
- WHO, Group B Streptococcus Vaccine: full value vaccine assessment, 2 November 2021
https://www.who.int/publications/i/item/9789240037526 - Shibata M, et al., Microbiology 41: 559-571, 2022
- Teatero S, et al., Sci Rep 6: 20047, 2016
- Campisi E, et al., Front Microbiol 7: 1265, 2016
- Alzayer M, et al., Front in Cell Infect Microbiol 14: 1377993, 2024
- Bjerkhaug AU, et al., Vaccine 42: 84-98, 2024
薬剤耐性研究センター
中野哲志 小出将太 大竹正悟 菅原 庸 菅井基行