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カンボジア渡航歴のある日本人男性に発症したセフタジジム耐性Burkholderia pseudomalleiによる類鼻疽の1例

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カンボジア渡航歴のある日本人男性に発症したセフタジジム耐性Burkholderia pseudomalleiによる類鼻疽の1例

(IASR Vol. 46 p209-210: 2025年10月号)

はじめに

類鼻疽(melioidosis)は, 浸淫地域の土壌や表層水に生息するブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌, Burkholderia pseudomalleiによる感染症である。東南アジアおよびオーストラリア北部を中心に流行が報告されているが, 日本国内での届出例は2025年8月現在, 2007年4月以降で20例程度と稀である。致命率は報告によって差があるが, 10-50%とされ, 適切に診断・治療介入することが重要である。感染経路は経気道, 経口もしくは経皮的感染とされ, 敗血症や膿瘍形成など, 多彩な臨床像を呈する。

近年, 旅行や感染地域からの移住にともない, 非流行地域における類鼻疽症例の報告が散見されている1)。今回我々は, カンボジア渡航後に発症した, セフタジジム耐性のB. pseudomalleiによる類鼻疽症例を経験したので報告する。

症例

60代の日本在住の男性。基礎疾患として高血圧, 4年前に腹部大動脈瘤に対し人工血管置換術, 2年前に胸部大動脈瘤に対し弓部大動脈人工血管置換術ならびに近位下行大動脈にステントグラフト内挿術を受けていた。雨季のカンボジアへ23日間渡航し, 滞在10日目より左下肢痛を自覚した。以後, 腫脹・発赤が進行し, 歩行困難となった。帰国当日に悪寒戦慄をともなう発熱が出現し, 2日後に救急外来を受診した。

身体所見では左足関節周囲に発赤・腫脹・熱感を認め, 造影CTにて胸部下行大動脈瘤の拡大を認めた。感染性大動脈瘤を疑い, 入院のうえセフトリアキソンの投与を開始した。入院翌日に血液培養(好気ボトル)が陽性となり, グラム陰性桿菌が検出された。一般細菌に加えB. pseudomalleiを想定し, セフトリアキソンからメロペネムへ抗菌薬を変更した。MALDI-TOF質量分析でBurkholderia spp.が疑われたため, 仙台市保健所に連絡し, 行政検体として同保健所経由で国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所(感染研)細菌第二部へ菌株を送付した。感染研にてB. pseudomalleiと同定され, 類鼻疽と確定診断された。確定診断後に仙台市保健所へ届出を行った。画像検査では, 感染性胸部大動脈瘤が強く疑われたほか, 左踵骨・距骨骨髄炎を認めた。

分離株はセフタジジム耐性を示したためメロペネム投与を継続したが, 血液培養は持続陽性であった。治療開始7日目よりトリメトプリム・スルファメトキサゾールを追加し, 10日目に血液培養陰性化を確認した。胸部大動脈瘤はさらに拡大し切迫破裂の徴候がみられたため, 入院8日目に胸部下行大動脈ステントグラフト留置術を施行した。メロペネムとトリメトプリム・スルファメトキサゾールを計8週間投与後, トリメトプリム・スルファメトキサゾールの内服治療を長期間継続する予定である。

考察

類鼻疽は, 従来は東南アジアやオーストラリアに限定的な風土病と考えられてきたが, 近年ではアフリカや中南米を含む広範な地域から報告がある1)。本疾患は, 一般的な細菌同定法では診断が困難なことが多く2), かつ治療の遅延が致命的であるため, 渡航歴のある発熱患者では本疾患を念頭においた迅速な対応が求められる。

本症例の臨床像は, 肺病変はともなわない, 感染性動脈瘤疑いと左踵骨・距骨骨髄炎であった。カンボジア滞在中に雨季の舗装されていない道を薄いサンダルで歩行したことがあり, 初期症状が左下肢痛であったことから, 経皮的感染が侵入経路であった可能性が考えられた。本邦では, 防蚊対策や現地での服装, トラベルワクチン接種など, 海外渡航者に対する感染症予防の具体的な情報提供の機会が限られており, 適切な情報が事前に本人に届いていれば, 感染を防げた可能性もある。

類鼻疽の初期治療としては, セフタジジムまたはカルバペネム系抗菌薬が選択されるが, 本症例の起因菌となったB. pseudomalleiはセフタジジム耐性株であった。セフタジジム耐性株の報告は依然として稀ではあるが, 散発的な報告が複数の地域から認められており3), 地域ごとの耐性率には差がある。タイやシンガポールでは, 長期的調査により耐性率は0.5-2%と報告されている4,5)。一方, 中国やマレーシアにおける小規模な報告では, 5-13%と比較的高率である6)。カンボジアでは耐性株に関する報告は限られているが7,8), 現地での微生物学的モニタリング体制が十分ではない可能性があり, 注意が必要である。

類鼻疽の重症例や, セフタジジム耐性株のリスクがある場合には, 初期からカルバペネムの使用が推奨される9)。また, 治療中にセフタジジム耐性を獲得する可能性も指摘されており, 治療反応不良時には, 早期の薬剤変更や感受性再検査が検討される10)

本症例では, 臨床現場でB. pseudomallei感染が疑われた時点で, 行政検査として菌株を保健所経由で感染研細菌第二部に送付し, 確定診断が得られた。この行政との連携により, 国内では稀な輸入感染症症例が迅速に把握され, 診断確定と治療方針決定につながった。類鼻疽のような稀な輸入感染症では, 臨床医の疑いと行政機関との協力体制が不可欠であり, 診療のみならずサーベイランスや国内での病原体モニタリングの観点からも重要な意義を有する。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行後, 国際的な人の往来は再び活発化しており, 輸入症例の増加が懸念される。さらに近年では, 浸淫地域から輸入された熱帯魚を介した症例も報告されており11), 非渡航者の発症リスクも存在する。今後, 本邦における類鼻疽の診療・検査体制の整備と, 海外渡航者への予防策の啓発, および相談体制の充実が一層重要と考えられる。

参考文献

      1. Birnie E, et al., Lancet Infect Dis 19: 892-902, 2019C
      2. Lau SKP, et al., Exp Biol Med (Maywood) 240: 742-751, 2015
      3. Sia TLL, et al., IDCases 39: e02149, 2025
      4. Hui H, et al., Pak J Med Sci 38: 2301-2306, 2022
      5. Khosravi Y, et al., ScientificWorldJournal 2014: 132971, 2014
      6. Rao C, et al., Medicine (Baltimore) 98: e14461, 2019
      7. Stoesser N, et al., Pediatr Infect Dis J 31: 865-868, 2012
      8. Gyamfi E, et al., PLoS Negl Trop Dis 18: e0012652, 2024
      9. Farrar J, et al., Manson's Tropical Diseases, Twenty-fourth Edition
      10. Suchartlikitwong P, et al., J Glob Antimicrob Resist 43: 319-326, 2025
      11. Dawson P, et al., Emerg Infect Dis 27: 3030-3035, 2021

東北大学病院           
 総合感染症科          
  吉田美智子 馬場啓聡 大島謙吾
  武井健太郎 清家一生 青柳哲史
 心臓血管外科          
  齋木佳克 熊谷紀一郎 高橋悟朗
  伊藤校輝 板垣皓大 工藤 淳 
 微生物検査室          
  千葉美紀子 木村裕子     
 感染管理室           
  北村知穂 遠藤春樹 石戸谷真帆
  池田しのぶ          
仙台市保健所           
 荒井由美子           

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