保健所等におけるHIV検査の現状と今後の展望

保健所等におけるHIV検査の現状と今後の展望
(IASR Vol. 46 p195-196: 2025年10月号)
HIV検査は予防啓発および, ケアカスケード95-95-95の入り口(HIV感染者の95%が自らの感染を知る)として不可欠なものである。日本では, 1987年から保健所等において匿名HIV検査が開始され, 1993年に無料化された。自治体による無料・匿名のHIV検査が行われている施設には, 保健所およびその支所等, または保健所以外での特設検査施設(東京都新宿東口検査・相談室等, 以下特設)があり, これらをまとめて保健所等での検査という。厚生労働省エイズ動向委員会でこれらの保健所等での検査・相談件数および陽性件数が報告されている。2024年の保健所等における検査陽性件数は267件であり, 同年のHIV感染者新規報告数(662件)を分母とすると40%に相当する。保健所等における無料・匿名HIV検査・相談は, 早期発見, 早期治療と感染予防への働きかけを行う場として重要な役割を担っている。本稿では, エイズ動向委員会や厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業の研究班の報告から, 保健所等におけるHIV検査・相談の現状と今後について概説する。
保健所等でのHIV検査受検者数および陽性率の推移
保健所等におけるHIV検査の年間受検者数は, 1990年代後半にいったん減少したが, その後の即日検査の普及等により2000年代後半にかけて急速に増加した。新型インフルエンザ流行のあった2009年以降一時減少したものの, 2010年以降は120,000-140,000件前後で推移していた。2020年に始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は検査・相談体制に甚大な影響を与えた。保健所の業務逼迫や感染予防対策にともない, HIV検査・相談は各地で休止または縮小を余儀なくされた。検査件数は大きく減少し, 2021年には70,000件を割るまでに落ち込んだ1)。2022年以降, 保健所等におけるHIV検査件数は徐々に回復しているが, いまだCOVID-19流行以前の水準には達していない1)。
保健所検査でのHIV陽性率はこの数年0.2%前後で推移しており, 特設では0.3-0.5%前後とより高い傾向にあった2)。
保健所等におけるHIV検査実施体制の現状と課題
保健所等におけるHIV検査には, 受検者にその日のうちに検査結果を伝える即日検査と, 後日検査結果を伝える通常検査がある。2019~2024年に実施された全国アンケート調査では, 保健所, 特設いずれも5割以上の施設が即日検査のみを実施しており, そのほとんどが予約制での実施であった。通常検査でも, 予約制を取る施設は増加している。予約制は来所人数を把握しやすいという利点はあるが, 無連絡キャンセルや希望時に予約できなかった利用者の検査機会を逃してしまうなどの問題もある。スクリーニング検査が陽性の場合, 確認検査は地方衛生研究所および外部検査機関などの他施設に依頼すると回答した施設が, 即日, 通常検査いずれも75%以上を占めた。保健所の約30%が平日夜間にHIV検査を実施しているが, 土日に実施している保健所は数%にとどまった。特設では, 土日の検査を実施している施設が70%以上と, 週末の検査機会が多く確保されていた。HIV検査の件数は施設間で差が大きく(図1, 図2), 年間検査件数50件未満の保健所が半数を占めている一方で, 特設の検査件数が多い傾向がみられた。検査件数が少ない分, 陽性者への対応経験のある担当者も相対的に少なくなる。アンケート調査では, 対応経験の少なさへの不安も挙げられた。流行が続いている梅毒の検査は90%以上の保健所で実施されている。
課題として, 人員不足, スタッフの技術や知識のアップデート, 日本語を話せない外国籍者への対応, 結果を受け取りに来ない受検者への対応, COVID-19以前に体制が戻っても受検者数がなかなか回復せず, 周知に苦労していること, などが挙げられた。
これからの保健所等HIV検査・相談
保健所等における無料・匿名HIV検査は, 受検者の心理的・ 経済的な負担を軽減し, 検査機会を広く提供するという点で重要である。保健所等におけるHIV検査には, 2つの側面がある。1つは比較的陽性率が高く, 支援団体やコミュニティとの連携がより効果を発揮する個別施策層向け検査である。もう1つは, 陽性率は低くとも検査によりHIVを知ってもらう機会とする社会的啓発の意味も込めた一般向け検査である。特に, 地方では都市部と比較して検査機会が特に少ないことや, エイズ発症後に診断される割合が高いことから, 陽性率が低い地方においても保健所等における検査の重要性は高い。これら2つの側面を理解したうえでの検査・相談体制の構築が求められる。個別施策層の定期的な検査機会の確保にも保健所の果たす役割は大きく, NGOやコミュニティ, 医療機関等と連携したイベント検査の実施, 郵送検査の活用なども検査機会の拡大に有効であろう。課題として挙げられた人員不足については, 外部委託も選択肢となると考える。
予防・啓発に関する最新の情報提供も保健所等の重要な役割である。HIV感染予防の有効な手段である曝露前予防(PrEP)に関する相談も増えている。治療によりウイルス量が一定基準未満に抑え続けられていれば, 性的接触により他者に感染させることはない(Undetectable=Untransmittable:U=U)という新たな知識もあわせて受検者に提供できるよう, HIV検査・相談担当者の学びの機会も継続的に確保されることが必要である。従来の保健所等HIV検査・相談の長所は保ちつつ, 地域や利用者の実情に即した検査機会の拡大, 新規感染症の流行など公衆衛生学的危機時にも持続可能な検査・相談体制の構築が求められる。
参考文献
- 厚生労働省エイズ動向委員会, 令和6(2024)年エイズ発生動向年報(1月1日~12月31日)
https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/nenpo.html - 厚生労働科学研究費補助金エイズ対策政策研究事業「HIV検査体制の改善と効果的な受検勧奨のための研究」班 研究報告書 令和元(2019)~3(2021)年, 令和4(2022)~6(2024)年
やまと在宅診療所栗原
土屋菜歩
