民間クリニックにおけるHIV検査の実施状況と役割の変化(2022~2024年)

民間クリニックにおけるHIV検査の実施状況と役割の変化(2022~2024年)
(IASR Vol. 46 p196-198: 2025年10月号)
背景と目的
民間クリニックにおけるHIV検査は, 公的機関による検査機能が十分に行き届かない地域や時間帯において, 受検者の多様なニーズに即した検査・相談機会を提供する重要な役割を担っている。特に, 自発的カウンセリング検査(VCT)に加え, 感染リスクが想定される患者に対して, 医療提供者が適切なタイミングで検査を推奨できる医療者主導型検査(PITC)を柔軟に実施できる点に特色がある。
また, 陽性診断後には速やかに拠点病院への紹介, あるいは自施設での対応が可能であり, HIV感染者の早期診断と継続的な医療介入につながる体制が期待される。こうした機能は, 感染拡大の抑制や医療アクセスの確保において, 公的機関による検査を補完する役割を果たしている。
本研究は, 2024年度で終了した厚生労働科学研究費補助金エイズ対策政策研究事業「HIV検査体制の改善と効果的な受検勧奨のための研究」(研究代表:今村顕史, 以下「HIV検査研究班」)の一環として実施されたものである。
本稿では, HIV検査研究班の協力施設の民間クリニックにおける2022~2024年度の3年間の検査実施状況を分析し, その役割と課題について述べる。
方法
2022~2024年度に, HIV検査研究班ウェブサイト「HIV検査・相談マップ」(https://www.hivkensa.com)に掲載された研究協力施設である全国の民間クリニック48-56施設(年度によって変動あり)を対象とした。各年度1月にアンケート調査を行い, 各施設から提供されたHIV検査実施件数, 陽性件数, 確認検査結果, 保健所への届出件数, 紹介先医療機関への受診確認, 自施設でのフォロー件数, などを単純集計・分析した。2022年までは郵送回答, 2023年以降はGoogle Formによる電子回答を基本とした。これらのクリニックには自費検査を実施する施設だけでなく, 性感染症外来や内科診療の一環として健康保険診療によるHIV検査を行っている施設も含まれている。
結果
3年間に報告されたHIV検査件数は延べ167,472件であり, そのうち292件が確認検査陽性であった(陽性率0.17%)(表)。年次別には, 2022年が42,805件(陽性72件, 陽性率0.17%), 2023年が63,120件(陽性116件, 陽性率0.18%), 2024年が61,547件(陽性104件, 陽性率0.17%)であり, 陽性率は各年ともおおむね一定していた(表, 図)。
自費検査としてのHIV検査の費用は, 2024年には中央値5,000円(2,000-15,000円)であった。51%の施設で, 複数の性感染症検査項目とのセット料金が設けられており, 費用はその数や種類により, 5,000-55,000円と幅がみられた。
一方, 2024年には39%の施設において, HIV検査を健康保険で提出することがある, と回答した。
HIV確認検査が陽性であった際に, ケアにつながった割合(紹介先医療機関への受診確認と自施設でのフォロー件数の合計)は, 2022年79%, 2023年87%, 2024年89%であり, 年を追うごとに改善傾向がみられた。感染症発生動向調査として保健所に届出がなされた件数は292件中238件(82%)で, 全体として届出率は高く維持されていた。
考察
民間クリニックでは, 性感染症外来におけるPITCと, VCTの両面を活用しながら柔軟なHIV検査が実施されている。コロナ禍で保健所等での検査機能が一時的に制限された時期にも, 検査件数は維持されていた。民間クリニックがアクセス困難層への受け皿として機能した可能性も示唆された。
特に, 他の性感染症とのセット検査を通じて複数の感染症とともにHIV検査が実施されていたこと, またリスクを有する個人に対し臨床所見や問診を踏まえてPITCが実施される体制が維持されていた点は, 感染者の早期発見に資する重要な取り組みである。
さらに, 紹介先医療機関や自施設でのフォローを含め, 継続的な医療提供へのつながりが年々強化されていた。
また, 健康保険を用いたHIV検査の提供割合は2024年に39%に達しており, 都市部の研究協力クリニックでは, HIV検査が日常診療の中で受けられる環境が定着しつつあることが示唆された。特に都市部では, HIV検査から陽性時の診療・フォローアップまで一体で対応可能な「one-stop型」の施設が増加し, HIV陽性者のケア連携を円滑にする重要な要素となっている。
一方で, 2024年に紹介先医療機関への受診が確認できたのは全体の68%にとどまり, 自施設でのフォローを含めてもケア連携率は89%にとどまり, 今後の課題として残される。2024年には, 研究班間の連携により拠点病院診療案内を全施設へ配布し, 紹介元への受診報告の徹底も図られた。また, 2024年の検査については, 9~12月頃に生じた迅速検査用HIV診断薬の出荷制限の影響があったことから, 安定した供給体制も新たな課題である。
さらに, 本調査は2001年に開始され, 20年以上にわたり民間クリニックにおけるHIV検査状況を一貫して記録してきた(図)。参加施設数と検査件数は年々増加し, わが国における民間クリニックでのHIV検査体制の発展を裏付ける疫学的基盤を形成している。しかし, HIV検査研究班は2024年度で終了し, 長期的な観察体制の継続は不透明である。本稿の公表が, 今後の体制検討の契機となることが期待される。
おわりに
本研究から, 民間クリニックがHIV検査の提供, 感染者の届出, 医療への接続といった一連の流れにおいて重要な役割を果たしていることが明らかとなった。地域拠点病院との連携体制の維持・強化, 安定した検査資材の供給が求められる。HIV検査研究班は2024年度で終了しており, 今後はいかに本研究を継続・発展させる体制を構築するかが, 重要な課題である。
しらかば診療所
井戸田一朗
神奈川県衛生研究所
佐野貴子
株式会社ハナ・メディテック
近藤真規子
田園調布学園大学
今井光信
