岡山県におけるクリニック検査事業について

岡山県におけるクリニック検査事業について
(IASR Vol. 46 p198-199: 2025年10月号)
背景
岡山県では, HIV感染症の日常診療に関する多様な情報を提供し, HIV感染者およびその診療を支援することを目的として, 1994年5月に「岡山HIV診療ネットワーク」を発足した1)。本ネットワークは, HIV診療にかかわる医療・保健・福祉・心理の従事者を対象とし, 県内のエイズ治療拠点病院職員や保健・行政職が広く参加している。2025年7月には第171回研究会を開催し, 約30年にわたる活動を継続している。その結果, 施設間・職種間の連携および診療レベルの均てん化が進み, 現在県内にある10の拠点病院はすべて自立支援医療(免疫機能障害)による助成制度が利用できる医療機関となり, HIV感染症の診断から治療まで一貫して実施されている。
目的
2010年, 岡山県における人口10万人当たりのAIDS患者新規報告数が全国4位と急増したことを受け, 2013年度から行政主導のもと, 医療機関およびcommunity-based organization(CBO)が協働し, HIV感染症の早期発見と感染防止を目的とした「岡山エイズ感染防止作戦」を推進することとなった2,3)。さらに2015年度からは, ハイリスク層への検査機会拡充を目的に, men who have sex with men(MSM)を対象とした期間限定のクリニック検査「もんげー性病検査」を開始した。この事業化にあたり, 県はエイズ等特定感染症対策費予算を前年度比150%に増額し, 重点事業として位置づけた4)。本事業の名称は「おかやまエイズ感染防止作戦の推進」であり, 2024年度には10年目を迎え, 現在も継続されている。
方法
毎年度, 夏期(8~9月)および冬期(1~2月)に検査期間を設け, 協力クリニックにおいてキャンペーン冊子・フライヤー・携帯用検査カード画面などを提示した希望者を対象に, 1,000円の自己負担でHIV抗原抗体スクリーニング検査および梅毒TP抗体法検査を実施した。CBOと連携しMSMへの検査啓発を行ったうえで, 予約は不要とし, 本名記載も任意とした。HIVスクリーニング陽性例は確認検査へ, 梅毒TP抗体陽性例はRPR法検査へ進める体制を構築し, 各クリニックの自費診療分については結果に応じて県が規定額(表)を支払う方式とした。陽性告知が必要となる場合を考慮し, 迅速検査は行わず, 結果は1週間後の再診時に伝えることとした。HIV陽性例は県派遣カウンセラーが対応し拠点病院へ紹介, 梅毒陽性例は原則として当該クリニックで保険診療による治療を開始した。
結果と考察
本事業の経過を, 2015~2017年度を「黎明期」, 2018~2021年度を「発展期」, 2022~2024年度を「成熟期」と定義し, 参加クリニック数, 受検者数, HIV陽性率, 梅毒罹患率を指標として評価した。参加施設は黎明期3施設から発展期6施設へと増加し, 成熟期の2024年度には7施設体制となり, 全県的な検査体制が整備された。年間受検者数の平均は黎明期44人, 発展期69人, 成熟期52人で推移した。HIV陽性率は黎明期1.5%, 発展期3.6%, 成熟期0.0%であり, 梅毒罹患率は同期間でそれぞれ12.8%, 17.5%, 10.3%であった。特に新型コロナ禍の影響を受けた2021年度は, HIV陽性率7.3%, 梅毒罹患率25.6%と, 過去10年間で最も高率を示し, 検査を控えていたMSM層のニーズに対応できたと評価できる5)。さらに10年間の継続により, 成熟期には一定の受検者数を維持しつつ, HIV陽性率および梅毒罹患率が低下したことは成果と考えられた。
今後の課題
検査機会を拡充するためには, 今後も行政・医療機関・CBOの協働体制を一層強化し, 県の重点事業費による安定した予算確保を継続する必要がある。また, 現在改正が進められている「後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針」では, 「保健所等は, 夜間・休日等の時間帯に配慮した検査や迅速検査に加え, 利便性の高い検査・相談の1つの方法として, 外部委託や郵送検査等の活用を検討する。」との文言が盛り込まれている6)。「もんげー性病検査」で実施した受検者アンケートでは, 郵送検査を希望する層と, 対面によるクリニック検査を希望する層は必ずしも一致しなかった。この結果を踏まえ, 岡山県では郵送検査等の活用を検討していきながら, 今後もクリニック検査事業は継続していく計画である。
参考文献
- 和田秀穂, 川崎医学会誌(一般教養篇)36: 67-72, 2011
- 和田秀穂, 医薬の門 52: 268-271, 2012
- 和田秀穂ら, 日本エイズ学会誌 16: 578, 2014
- 和田秀穂, 日本エイズ学会誌 21: 334, 2019
- 八木貴博ら, 日本エイズ学会誌 26: 506, 2024
- 厚生労働省, 第9回厚生科学審議会感染症部会エイズ・性感染症に関する小委員会 資料, 令和7(2025)年7月25日
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_60163.html
川崎医科大学附属病院エイズ治療センター長
和田秀穂
