HIV検査の多言語化に向けた取り組み

HIV検査の多言語化に向けた取り組み
(IASR Vol. 46 p202-203: 2025年10月号)
令和4(2022)~6(2024)年度「在留外国人に対するHIV検査や医療提供の体制構築に資する研究」班(以下, 研究班)では, 日本に暮らす外国人がHIV検査や医療に円滑にアクセスできる体制づくりを目的に活動を行った。本報告では, 在留外国人の特徴, 外国国籍のHIV感染者・AIDS患者の状況, 研究班によるHIV検査の多言語化の取り組みや医療通訳者の育成について述べる。
在留外国人の状況1)
2024年12月末時点で在留外国人は3,768,977人と, 前年より約36万人増加し, 総人口の3.1%を占めた。出身国/地域は197におよび, 東アジア・東南アジア・南アジア諸国からの出身者が全体の86.0%を占めていた。
在留資格としては, 永住者(24.3%), 技能実習(12.1%), 技術・人文知識・国際業務(11.1%), 留学(10.7%), 家族滞在(8.1%), 特定技能(7.5%)が上位を占めていた。在留外国人のうち6割弱が20~30代で, 性的にも活動的な年齢層であり, HIV感染予防や検査の対象として重要な集団であることを示している。
外国国籍のHIV感染者・AIDS患者の状況2)
2024年の外国国籍のHIV感染者・AIDS患者新規報告数は計192件で, 全体の19.3%であった。男性85.4%, 20~30代75.0%, 感染経路は同性間性的接触が38.0%と最も多かった。感染地は国内36.5%, 不明31.8%であり, 日本国内で感染しているケースが少なくないことを示している。また, AIDS発症後に診断される割合は35.9%であり, 日本国籍者を上回っていた。言語, 文化, 保健医療制度など, 出身国とは異なる環境にいる在留外国人にとってもHIV検査を受けやすい仕組みをつくっていくことが重要である。
多言語対応モデルの実践
在留外国人にとって利用しやすいHIV検査とは, 経済的負担がなく, 個人のプライバシーが確保され, さらに言語的支援が提供される検査である3)。日本の自治体のHIV検査は無料・匿名ではあるが, 言語的支援の提供は極めてまれであった。そこで, 研究班は, 多言語による広報・予約・結果告知からなる多言語対応モデルを設計, 「多言語対応検査会」を開催し, その実行可能性を検討した。検査に関する広報は, SNSや出会い系アプリ, 外国人コミュニティなど外国人に届きやすい媒体を活用し, 多言語で発信した。予約サイトも多言語化し, 通訳の要否を事前に確認して手配した。検査当日は遠隔通訳を活用して結果告知や相談を行った。
2022~2024年度まで, 首都圏, 沖縄県, 宮城県で計34回開催し, 383人が予約, 241人(62.9%)が受検した。即日検査の結果が陽性となったケースでは, 医師が遠隔通訳を介して検査結果と今後の流れを説明し, 確認検査・医療機関につなげることができた。通訳の存在は, 検査後の安心感を高め, 医療に円滑につなげるうえで不可欠であることが改めて認識された。
2023年度からは保健所等での試行を開始し, 2024年度は10カ所で計14回, HIV検査を多言語で提供した。予約をした38人中11人(28.9%)が受検, さらに予約なしで3人が受検した。受検率は課題として残るものの, 保健所でも多言語対応が可能であることを示す成果であった。
医療通訳者の育成
検査会において専門性を持った医療通訳者の重要性を述べたが, 研究班は, HIVと結核の医療現場で活躍できる医療通訳者の育成を目指した研修も継続して行ってきた。エイズ診療拠点病院に対する医療通訳派遣の実績が豊富なNPOであるCHARM, MICかながわと協力し, 2022~2024年度にオンライン研修を5回行い, 149人が参加した。
研修内容はHIVや結核の基礎知識, 保健所の役割, セクシャリティに関する理解, 通訳技術実習, ロールプレイ, など多岐にわたった。研究班は, これら研修受講者のうち, 一定水準に達した通訳者を, 保健所等からの要請に応じてHIV検査に派遣する事業も実施しており, 2024年度は9カ所に派遣した。こうした人材育成は, 多言語対応モデルを持続的に運用するうえで欠かせない基盤である。
今後の展望
研究班の取り組みは, 多言語対応モデルによるHIV検査の実行可能性を示したが, 受検率の向上が次なる課題である。保健所等での実施については, 効果的な広報戦略により多言語対応検査の受検者数が増加し, 自治体の通常業務に組み込まれるようになることが重要である。郵送HIV検査を導入する自治体も出てきていることから, その多言語化についても検討したい。施設検査と郵送検査を組み合わせ, 対象者のニーズに応じた選択肢を提供することで, より多くの在留外国人が早期に検査・治療へアクセスできる体制の構築に資する研究活動を進めていきたい。
参考文献
- 出入国在留管理庁, 【在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表】, 在留外国人統計
https://www.moj.go.jp/isa/policies/statistics/toukei_ichiran_touroku.html(2025年8月24日閲覧) - 厚生労働省エイズ動向委員会, 令和6(2024)年エイズ発生動向年報(1月1日~12月31日)
https://api-net.jfap.or.jp/status/japan/nenpo.html - Shakya P, et al., PLoS ONE 15: e0235659, 2020
杏林大学
北島 勉 宮首弘子
港町診療所
沢田貴志
神戸女子大学
Tran Thi Hue
エイズ予防財団
Supriya Shakya
