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HIV基礎研究:近年15年の潮流

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HIV基礎研究:近年15年の潮流

(IASR Vol. 46 p205-206: 2025年10月号)

はじめに

論文データベースPubmedで“HIV”と検索すると, 約44万報が挙がる。1981年のエイズ症例の初報から大体年1万報が追加されているが, 本稿ではHIV基礎研究の2010年以降の国内外の潮流を概説する。

抗ウイルス薬開発/実装:予防投与と長期作動薬

南アフリカおよび各地域発の抗HIV薬の曝露前予防投与の概念立証1,2)と他の地域コホートにおける有効性の追認, 薬剤自体では長期作動型抗HIV薬の実装が国際的な2大進歩であり, 詳説は他稿に譲る。

ワクチン開発

T細胞型:モダリティ多様化と抗原選択, 中和抗体:構造デザインと1細胞制御

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行は各感染症に対する予防モダリティの開発をうながし, またそれらの拡張性を知らしめた。その知見が予防を目的としたHIVワクチン開発に即フィードバック可能かといえばその限りではない。例えばT細胞誘導型HIVワクチンでは「抗原選択」(どのHIV抗原を仕込むか)の切実性は他のワクチンと比べても極めて高く, 非構造領域は, 抗原としてほぼ有効性に欠ける3)。またHIVは感作ヘルパーT細胞を最大の感染標的としてしまう4)。両者を反映し「有効な抗原をコードし, 感染標的の増多も抑制した」特殊なT細胞誘導5)等が追求されている。

中和抗体誘導型HIVワクチンとしては, 30年前に発見され重要性が提唱された広域交差中和抗体(bNAb)の誘導を目指し, germline targeting(元々存在する稀少な前駆体抗体/B細胞を, 構造デザイン抗原により選択的に釣り上げ成熟させる)戦略が米国を中心に取り組まれている6)。有望視される一方, 抗体の自己反応性の克服等も求められる。

薬剤とワクチンの裏に:第三極の複雑系生物学

HIV生物学では各年代で, 治療・予防すべてにかかわり病像の核心に迫る知見が挙がった。2000年代で恐らく最重要なものはHIVの感染指向性であり, HIVや類縁の免疫不全ウイルスが, CD4陽性T細胞のうち抗原に感作された方を優先的に狙い, さらにウイルス自身を標的とした感作CD4陽性T細胞を文字通り返り討ちにして感染すること4)が解明された。本知見は, 前記のワクチン開発の困難性の根幹ともなっている。

2010年代以降はどうであろうか。抗HIV薬治療を中断すればそれは体内ウイルス複製リバウンドに直結するというのが, 1987年の抗HIV薬の実装以来, 四半世紀のコンセンサスであった。この「治療中断→制御失敗」の法則にすら例外が存在することがフランスで2013年に発見された7)。すなわち, 「投薬中断後にHIVウイルス量のリバウンドを起こさない」陽性者が存在し, 体内ウイルス制御に有利と知られたT細胞も有さないとわかったのである。これは, HIV完全排除に至らなくても生体に障害がなければ治癒とみなす「機能的治癒」というやや幅広な目標概念をある方向で具現化した, 「治療後HIV制御者」(“post-treatment HIV controller/PTC”)という新概念の存在を示した最重要な報告である。その後の試行錯誤の末, PTCにおける何らかのナチュラルキラー(NK)細胞関連機序を示唆した続報も挙がった8)。このようなPTCの存在は米国の別コホートでも追認され, 同様に非定型的な宿主状態が示唆され9), 途上ではあるが「PTCの生体条件を再現しHIV感染を克服する」ことを目指す研究が続いている。このPTCでのNK細胞因子相関は, 前記したbNAbに関して, コホート解析によりRAB11FIP5という一見抗体応答に関係ないNK細胞因子が抽出された例10)とも類し, 宿主全体の生物学を理解する必要性の示唆に富んでいる。

上記2例に類し筆者らは霊長類エイズモデルで, 「そもそも生体内で抗体中和に至らない」と35年来知られたサル免疫不全ウイルス株に対し例外的な中和抗体誘導が存在し, 背景にはウイルスの別の病原性蛋白質(Nef)によるピンポイントのPI3K駆動依存的なB細胞抑制とその変動があることを解明した11)。すなわち「中和抗体」に紐付き直観的な「スパイク蛋白 vs 抗体」の2者系ではなく, 「ウイルスNef vs 宿主PI3K系」という背景相互作用が加わった2段階・4者系の中和抗体誘導機構を描出している。

すでに半ばを折り返したが, 2020年代, またこの先のHIV基礎研究に求められるのは, 「第一感で直ちには捉えきれず」「複雑系メカニズムが存在する」HIV生物学を探索し, 治療・予防へのセレンディピティを引き当てることであると考える。

参考文献

  1. Abdool KQ, et al., Science 329: 1168-1174, 2010
  2. Grant RM, et al., N Engl J Med 363: 2857-2599, 2010
  3. Mudd PA, et al., Nature 491: 129-133, 2012
  4. Douek DC, et al., Nature 417: 95-98, 2002
  5. Ishii H, et al., Mol Ther 30: 2048-2057, 2022
  6. Steichen JM, et al., Science 384: eadj8321, 2024
  7. Sáez-Cirión A, et al., PLoS Pathog 9: e1003211, 2013
  8. Essat A, et al., Med 6: 100670, 2025
  9. Etemad B, et al., PNAS 120: e2218960120, 2023
  10. Bradley T, et al., Cell 175: 387-399.e17, 2018
  11. Yamamoto H & Matano T, eLife 12: RP88849, 2025
  国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所エイズ研究センター   
   山本浩之

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