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北海道東部地域における海鳥と海生哺乳動物の高病原性鳥インフルエンザウイルス感染について

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北海道東部地域における海鳥と海生哺乳動物の高病原性鳥インフルエンザウイルス感染について

(IASR Vol. 46 p230-231: 2025年11月号)

はじめに

2020~2021年の冬シーズン以降, 日本では5シーズン連続で高病原性鳥インフルエンザウイルス(HPAIV)の感染事例が相次いでいる。2024~2025年シーズンは, 2024年9月30日の北海道乙部町におけるハヤブサの事例を最初に, 2025年6月17日の北海道釧路市におけるオジロワシの事例まで, 約8カ月半にもわたるこれまでで最長のシーズンとなった。その間に北海道東部の根室・釧路地域では, これまで日本では報告がなかった海鳥でのHPAIV感染による大量死が起こり, これが特にシーズンの長期化を招いた。さらに, この海鳥の大量死にともなって, 日本で初となる海生哺乳動物のHPAIV感染も認められた。

哺乳動物における過去のHPAIV感染事例

にHPAIV検出の報告例がある哺乳動物の一覧を示す1)。一見してその多くが食肉目に属することがわかる。これらの動物は一般にHPAIVに感染した鳥の捕食によって高度にウイルスに曝露され, その結果, HPAIVに感染したものと考えられている。一方で, この表にはアザラシ科, アシカ科に加え鯨偶蹄目に属するマイルカ科, ネズミイルカ科の動物など, 多くの海生哺乳動物が含まれている。これらの多くは2021年頃から世界中にHPAIVが広まって以降の事例であり, 特にイルカ類の感染は海鳥におけるHPAIVの感染例と関連している。日本における哺乳動物のHPAIV感染は, Horimotoらの2006年に捕獲した野生アライグマにおける抗体陽性例が最初とされる2)。一方で, ウイルスを直接的に検出した事例はその後も報告がなく, 2022年に我々がキタキツネとエゾタヌキからHPAIVを分離した事例が国内で初めてとなる(3)。その後日本国内では2023年にも札幌市で2頭のキタキツネからHPAIVが分離された他, 2024年には高病原性鳥インフルエンザ発生農場で発見された死亡クマネズミからHPAIVが検出されている4)。2022年, 2023年の札幌市における事例では, 近隣においてHPAIVによるカラスの大量死が起こっており, 哺乳動物のHPAIV感染例は, 鳥における大量死にともなって起こることが想定される。わが国の周辺に目を向けると, 韓国では2023年に加熱不十分なペットフードに起因する飼い猫のHPAIV感染事例5)が起こった他, 2025年にはベンガルヤマネコの感染例6)が報告された。2023年の夏には, サハリン島近くのチュレニー島にてキタオットセイがHPAIV感染によって大量死した7)。本事例はアジア地域においてHPAIVによる哺乳動物の大量死が起こった最初の事例である。チュレニー島は地理的にも北海道に近く, また北海道近海にはアザラシ類やトドが多く認められることもあり, 特に北海道ではHPAIVによる海生哺乳動物の大量死, という危機が現実味をもって迫っていた。

根室・釧路地域における海鳥の大量死と海生哺乳動物におけるHPAIV感染

2025年3月22日に, 北海道釧路市千代ノ浦にてウミスズメおよびエトロフウミスズメがHPAIV陽性となったことを皮切りに, 根室・釧路地域では, 様々な海鳥からHPAIVが検出された。その後の調査で3月14日に根室市歯舞港で回収されたエトロフウミスズメの死体からもHPAIVが検出された。死亡した鳥の中には, 環境省によって国内希少野生動植物種に指定されるウミガラスの他, 環境省レッドリストに基づいて絶滅危惧IA, IBまたはII類に指定される鳥が含まれており, HPAIV感染による生態系への影響が懸念される。

2025年4月18日には, 北海道根室市桂木の海岸に4頭のゼニガタアザラシが打ち上がった。そのうち1頭は神経症状を呈し, 後に死亡した。北海道大学では根室市および猛禽類医学研究所と共同で海岸現地でのサンプリングを実施し, 後日うち2頭からHPAIVを分離した。その後も根室市, 猛禽類医学研究所, 水産研究・教育機構および国立環境研究所との連携のもと死亡海生哺乳動物におけるHPAIVのモニタリングを実施し, シーズン中検査した10個体のうち, 先に述べたゼニガタアザラシ2頭およびラッコ4頭からHPAIVを検出している。なお, ラッコにおけるHPAIVは世界で初の報告であった。また, ラッコは国際自然保護連合(IUCN)レッドリストでEN(絶滅危機), 環境省レッドリストでは絶滅危惧IA類に指定されており, 個体群への深刻な影響が懸念されたが, その後の調査では大幅な個体数の減少等は観察されていない。分離ウイルスの遺伝子解析の結果, 哺乳動物分離株は哺乳動物由来インフルエンザウイルスに特有のアミノ酸配列モチーフを一部有しているものの, 株間で共通しているモチーフはなく, また北米や欧州で哺乳動物からHPAIVが分離された際に認められたPB2遺伝子の627Kや701Nといった, 鳥インフルエンザウイルスの哺乳動物馴化に強く関連している変異は認められなかった。

終わりに

近年, HPAIVはますます多様な種へと広がっており, 今後もその生態系への深刻な影響が懸念されている。また, HPAIVの宿主域の拡大は, ヒトに対して感染性や病原性の高いウイルスが出現するリスクを高める可能性を否定できず, 野生動物におけるHPAIVのモニタリングは公衆衛生上も重要である。一方で本事例では, 研究者やボランティアの個々の努力や個人的なつながりによって検査連絡体制の構築や実態の解明が進んだ側面が強かった。ますます複雑化するHPAIVの生態を考慮すると, 今後も現行のマニュアルでは対応しきれないイレギュラーな事態が生じることが十分に想定される。このような事態に対して, One Healthアプローチによって適切なモニタリングを実施するとともに, ヒトに対してリスクの高いウイルスの出現に際しては迅速に検査を提供し, 早期にアラートを鳴らせる体制を構築する必要がある。

参考文献

  1. FAO, Global Avian Influenza Viruses with Zoonotic Potential situation update
    https://www.fao.org/animal-health/situation-updates/global-aiv-with-zoonotic-potential/bird-species-affected-by-h5nx-hpai/en(2025年8月20日アクセス)
  2. Horimoto T, et al., Emerg Infect Dis 17: 714-717, 2011
  3. Hiono T, et al., Virology 578: 35-44, 2023
  4. 高病原性鳥インフルエンザ疫学調査チーム, 2023年~2024年シーズンにおける高病原性鳥インフルエンザの発生に係る疫学調査報告書, 2024年7月3日
    https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/attach/pdf/r5_hpai_kokunai-157.pdf(2025年9月25日アクセス)
  5. Kang YM, et al., Emerg Infect Dis 3: 2510-2520, 2024
  6. Si YJ, et al., Front Vet Sci 12: 1638067, 2025
  7. Soboloev I, et al., Emerg Infect Dis 30: 2160-2164, 2024
  北海道大学大学院獣医学研究院微生物学教室    
   日尾野隆大 磯田典和 迫田義博

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