下水サーベイランスにて試みた呼吸器系ウイルス検出と課題
下水サーベイランスにて試みた呼吸器系ウイルス検出と課題
(IASR Vol. 46 p233-234: 2025年11月号)
感染症流行予測調査事業感染源調査として下水を用いた監視は, ポリオウイルスが平成25(2013)年度, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は令和6(2024)年度より開始された。ポリオウイルスは下水濃縮物から培養細胞を用いて感染性ウイルスを分離するのに対して, SARS-CoV-2は下水からウイルスRNAを抽出し, real-time RT-PCR法などでウイルスゲノム断片を検出する。前者は検出時に感染者の把握と蔓延防止を目的とした強化サーベイランスが行われるのに対し, 後者は患者サーベイランスの補完的情報として地域の感染動向把握の役割が想定される。このように国内では, 地方衛生研究所を拠点とした環境水(下水)ネットワークにより, 大別して2種類の検査技術を用いてウイルス監視が行われており1,2), これらの技術を基盤として次期パンデミックに向けた新たな病原体監視への応用が期待されている。
下水中には, SARS-CoV-2以外にも呼吸器系ウイルス等の検出も報告3)されているが, 課題も多い。呼吸器系ウイルスは通常, 咽頭ぬぐい液などを臨床検体として用いるため, 検査に関する長年にわたる知見が蓄積している。一方, 下水を検査材料として用いる場合, 呼吸器系ウイルスの検査は歴史が浅く, また下水中の呼吸器系ウイルスの存在様式(水中で分散, あるいは固形物に吸着など), 安定性(水温や界面活性剤などの影響の有無), 検出可能な期間など, 情報は限られている。下水での調査結果を対策として活用するには, 検査手法, 疫学データとの比較解析など, 今後とも検討が望まれる。
先行研究では感染症発生動向調査にて報告される呼吸器系ウイルスを選定し, 複数の市販のウイルス検出プライマー・プローブセットをパネル化し, 検出条件の検討が報告されている4)。今般, 横浜市と埼玉県のSARS-CoV-2下水サーベイランスで得られた余剰RNAを用いて, 複数の呼吸器系ウイルスの同時検出を試みたので概要を紹介する。
対象とした呼吸器系ウイルスは, 季節性インフルエンザウイルス(A型, B型), RSウイルス(サブグループAおよびB), ライノウイルス(A, BおよびC群), パラインフルエンザウイルス(1, 2, 3および4型), 季節性コロナウイルス(HKU1, NL63, 229E, OC43), パレコウイルスである。下水中のウイルス量は臨床材料に比べ少量であることが想定されるため, 各種ウイルスの型やサブグループを広範囲に検出するために, 各型特異的なプライマー・プローブを含むマルチプレックス系, あるいはユニバーサルプライマーを含む検査用パネルをデザインした。なお, 本検出系のコントロールとしてパレコウイルスを含めた。
検査用パネルは上記のウイルス検出を対象とするプライマー・プローブを固相化したカスタムプレート(TrueMarkTM Custom Plate, サーモフィッシャー社)および検出対象のウイルスコントロールのカスタム仕様にて作成を依頼した。ウイルスゲノムはtwo steps real-time PCRにより検出した4)。
横浜市衛生研究所では, 1カ所の処理場の流入下水(2022年8月~2024年3月採水)由来RNA(沈殿物を用いて抽出)60検体を用いた。埼玉県衛生研究所では, 2024年4~10月に採水した2カ所の処理場の流入下水由来RNA〔粗遠心して得られた上清からダイレクトキャプチャー(DC)法にて抽出〕計54検体を用いた。各施設で定めた検出下限値を基準に, 陽性(LOD未満も含む)あるいは陰性に分類した。
横浜市衛生研究所:処理場1カ所で得られた延べ60検体の検査結果は, 季節性インフルエンザウイルス陽性が18.3%, RSウイルス26.7%, 季節性コロナウイルス21.7%, パレコウイルスが55.0%であった。パラインフルエンザウイルスおよびライノウイルスは検出できなかった。
埼玉県衛生研究所:処理場2カ所で得られた延べ54検体のうち陽性となった検体は, パレコウイルスが83.3%, RSウイルスが11.1%, 季節性コロナウイルスが5.6%であった。季節性インフルエンザウイルス, パラインフルエンザウイルスおよびライノウイルスは検出されなかった。
いずれの地点でも, パレコウイルスは高頻度に検出できたものの, 呼吸器系ウイルスの検出率は低いこと, いずれの調査地点でも感染症発生動向調査事業による病原体サーベイランスの検出結果と必ずしも一致していないこと, が判明した。このため, 検出に用いる画分(下水の固形物画分, あるいは上清画分)の比較などの検出方法の検討, そして下水からの検出情報の活用法の検討が必要と考えている。
謝辞:本研究は厚生労働行政推進調査事業補助金23HA2015, 23HA2005による支援を受けた。
参考文献
- Kilaru P, et al., Am J Epidemiol 192: 305-322, 2023
- Ozawa H, et al., Appl Environ Microbiol 85: e01604-19, 2019
- Kitakawa K, et al., Appl Environ Microbiol 89: e0185322, 2023
- 令和5(2023)年度厚生労働科学研究費補助金「環境水に含まれる新型コロナウイルス等病原体ゲノム情報の活用に関する研究」総括研究報告書
https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/170079
小澤広規
埼玉県衛生研究所
牧野由幸 黒沢博基
福岡県保健環境研究所
濱崎光宏
国立健康危機管理研究機構
国立感染症研究所
ウイルス第二部
吉田 弘
