ジフテリア毒素産生性Corynebacterium ulcerans感染例の確認－秋田県

(IASR Vol. 46 p110: 2025年5月号)

Corynebacterium ulcerans（C.ulcerans）は, ジフテリアの起因菌であるC.diphtheriaeの近縁種であり, ジフテリア毒素に類似した毒素を産生する菌株も存在する。人獣共通感染症の原因菌として知られており, ジフテリアに類似した疾患を引き起こすことがある。今般, 秋田県内においてジフテリア毒素産生性C.ulceransの感染例を確認したので報告する。

患者情報

患者は70代女性で, 2024年某日, 救急搬送され入院となった。入院数カ月前より, 両下腿に浮腫が出現しており, 1週間ほど前から痛みで体動困難な状況にあった。入院時には, 両下腿に紫斑・潰瘍, 右前胸部に紫斑を認め, X線CTにより同部位に蜂窩織炎, 肺炎像が確認された。血液検査により, 炎症, 貧血, 心筋逸脱酵素上昇を認めた。抗菌薬投与による治療を開始したが, 入院2日後に死亡が確認された。

細菌学的検査

入院時に採取された皮膚病巣と血液培養2セットからグラム陽性桿菌が確認され, MALDI-TOF-MSによりC. ulceransと同定された。薬剤感受性試験の結果, 対象とした薬剤のうち耐性を示したものはなく, ペニシリンG（PCG）, クリンダマイシン（CLDM）に対して中間（I）であった。後日, 医療機関から管轄保健所を通じて衛生研究所に精査依頼があり, 16S rRNA遺伝子およびrpoB遺伝子の相同性解析を行った結果, 両遺伝子ともC.ulceransの登録配列と100%一致した。さらに, PCR法によりジフテリア毒素遺伝子の保有を, Elek法によりジフテリア毒素産生性をそれぞれ確認したところ, いずれも陽性となった。以上のことから, 本事例の分離株はジフテリア毒素産生性のC.ulceransであることが確認された。

考　察

日本国内でのC.ulceransによる感染症例は, 2001年に初めて発生が確認されて以降, 2020年までに36件が報告されている^1）。本感染症は呼吸器症状が約7割を占め, 非呼吸器症状の症例は少ない。呼吸器症状は中高齢者に多く, 重症化しやすい一方で, 非呼吸器症状は比較的若い年齢での発症が多く, 重症度は低い傾向がある。死亡事例はこれまでに2件確認されているが, 本事例は皮膚病変が認められるようになってから入院加療に至るまでに長い時間がかかっており, 菌の同定結果が担当医に報告されたのは患者の死亡の数時間前であった。

本感染症は, 2002年11月に厚生労働省（厚労省）健康局結核感染症課長より地方自治体衛生主管部, 医療機関に対して発生にかかわる情報提供について依頼がなされていることから, 本事例について医療機関からの情報提供をもとに, 衛生研究所にて毒素産生に関する精査, 管轄保健所から厚労省に対する報告等を行った。しかしながら, 本感染症は感染症法上の2類感染症であるC.diphtheriaeによるジフテリアとは異なり, 患者の積極的疫学調査, 入院の勧告・措置や環境の消毒などの行政の介入が規定されていない。過去の報告によるとほぼすべての症例で患者と動物との関与が確認されているが, 本事例の患者は, 独居で交流のある親族もなかったため, 動物の飼育歴等を確認することはできなかった。

C.ulceransについては, 潜在的には多数の感染者が存在するとの予想もあることから^2）, 今後も関係機関で連携し, 本感染症についての啓発と注意喚起に努めていく必要がある。

参考文献

秋田県健康環境センター保健衛生部
　関谷優晟　今野貴之　伊藤佑歩　高橋志保
秋田市保健所
　齊藤奏子　丸山かおり　佐藤華子　伊藤善信
秋田大学医学部附属病院
　熊谷史子　赤坂有妃子　玉川栄樹　野口奈津子
　河野通浩　石山史奈　達子瑠美　高橋智映
　植木重治　長谷川　諒　鐙屋舞子　嵯峨知生

ジフテリア毒素産生性Corynebacterium ulcerans感染例の確認－秋田県