東京都の小児病院におけるマクロライド耐性百日咳菌感染症例の検出

東京都の小児病院におけるマクロライド耐性百日咳菌感染症例の検出
(速報掲載日 2025/4/18)
百日咳は主として百日咳菌(Bordetella pertussis)の感染により引き起こされる急性呼吸器感染症である。定期接種では、乳幼児期に4回の5種混合DPT-IPV-Hibワクチン、日本小児科学会は、任意接種で5~6歳と11~12歳での2回の3種混合DPTワクチンを推奨している。百日咳治療ではマクロライド系抗菌薬が第一選択薬として使用されるが、近年、中国を含む諸外国ではマクロライド耐性百日咳菌(macrolide-resistant Bordetella pertussis: MRBP)の出現および拡大が問題となっている1)。2024年からは日本国内でもMRBP感染症の発生が相次いで報告されはじめた2)。
東京都立小児総合医療センターでは、2024年11月1日~2025年3月31日までにマルチプレックスPCR(FilmArrayⓇ呼吸器パネル2.1)で百日咳菌陽性となった9症例のうち6症例で、百日咳菌が培養で分離された(MRBP 5株、マクロライド感性百日咳菌1株)。本稿ではMRBPが分離された5症例の臨床像について報告する。なお、分離されたMRBP 5株はいずれもETESTⓇ(ビオメリュー)による薬剤感受性試験でエリスロマイシンの最小発育阻止濃度(MIC)が>256μg/mLと高度耐性を示し、23S rRNA遺伝子のA2047G変異を認めた3)。各患者本人または保護者からは本症例報告を行うにあたり同意を得た。
症例1
17歳男子。基礎疾患は急性リンパ球性白血病に対して造血幹細胞移植後、肺非結核性抗酸菌症にアジスロマイシンを含む抗菌薬の多剤併用療法中であった。日本小児感染症学会は、造血幹細胞移植後は予防接種の再接種を推奨しており、当院では5種混合DPT-IPV-Hibワクチンを3回接種しているが、本症例は接種前であった。入院10日前からの咳嗽が増悪して入院前日に受診した。PCRで百日咳菌が陽性で培養でも検出された。マクロライド内服中の百日咳発症であったためMRBP感染を疑ったが、患者にはSulfamethoxazole-Trimethoprim(ST)合剤による皮疹疑いの既往があったため、ミノサイクリン内服治療を選択した。しかし、診断翌日に呼吸状態が悪化し入院し、酸素投与4日間、ミノサイクリン静注と内服で10日間、ピペラシリン静注5日間投与し、入院7日目に残りのミノサイクリン内服を飲みきり終了予定で退院した。退院3週間後、左気胸を併発で再入院したが再び後鼻腔培養で百日咳菌が分離された。入院下で慎重にST合剤14日間で治療を行い、培養陰性化を確認した。初回入院時の分離菌株のETESTⓇ(ビオメリュー)によるMICは、ピペラシリン0.016μg/mL、ミノサイクリン0.125μg/mLで、検査上は感性であった。また、当該菌株はmultilocus variable-number tandem-repeat analysis(MLVA)遺伝子型別法でMT28であった。
症例2
7歳女子。4種混合DPT-IPVワクチンは4回接種していたが、3種混合DPTワクチンの就学前の任意接種は未接種であった。待機手術7日前から咳嗽があり、PCRで百日咳菌が陽性で培養でも検出された。クラリスロマイシン内服を7日間行い、手術は咳嗽が軽減するまで延期した。2週間後に咳嗽は自然軽快していた。
症例3
6歳女児。先天性気管狭窄症術後でクラリスロマイシン少量持続投与をしていた。4種混合DPT-IPVワクチンは4回接種していたが、3種混合DPTワクチンの就学前の任意接種は未接種であった。入院5日前から喘鳴、努力呼吸が増悪して入院した。PCRで百日咳菌が陽性で培養でも検出された。マクロライド内服中の発症でマクロライド耐性を疑い、ST合剤内服を14日間投与した。呼吸器症状は改善し、入院5日目に退院した。
症例4
1か月女児。基礎疾患なし。5種混合DPT-IPV-Hibワクチン接種前。妊娠中に母に百日咳菌抗原を含むワクチン接種歴はなく、ワクチン未接種の同胞に咳嗽があった。前医入院の7日前から咳嗽があったが呼吸状態が増悪して前医に入院した。LAMP法で百日咳と診断、アジスロマイシン静注が開始された。入院2日目に哺乳困難、入院3日目に酸素化不良で高流量経鼻酸素を行うも呼吸不全で入院4日目に当院に転院となった。気管内挿管による人工呼吸管理を開始した。白血球48,090/μL(リンパ球43%)で肺炎像を認めた。マクロライド耐性を考慮してST合剤静注を追加した。挿管時の喀痰塗抹で小さなグラム陰性桿菌を認め、百日咳菌が分離された。ST合剤開始後4日での喀痰塗抹で細菌を認めなかった。転院2日目に白血球75,730/μL(リンパ球35%)で白血球除去療法を施行、心エコー検査で肺高血圧を認めた。転院3日目に呼吸不全、肺高血圧が進行し、腎不全となり体外式膜型人工肺と持続血液濾過透析による全身管理を行ったが、転院5日目に永眠した。
症例5
2か月男児。基礎疾患なし。5種混合DPT-IPV-Hibワクチン接種前。妊娠中に母体に百日咳菌抗原を含むワクチンの接種歴はなく、7歳の同胞に咳嗽があった。入院11日前から鼻汁、咳嗽があった。入院前日から連続性咳嗽、酸素化不良で入院となった。PCRで百日咳菌が陽性で培養でも検出された。白血球18,960/μL(リンパ球75%)で肺炎像はなかった。アジスロマイシン5日間とST合剤14日間の内服を併用した。呼吸状態が改善して入院7日目に退院した。しかし、退院後に自宅でレプリーゼがあり、退院2日後に再入院した。その後の経過は良く、5日目で再び退院となった。
乳児死亡例を含むMRBP感染症5例を経験した。5症例の患者は互いに疫学的な関連を認めず、海外渡航歴もなかったことから、東京都では既にMRBPが拡散していることが推察された。MRBP患者の直接的な感染源としては同胞など同居する家族からの家族内感染が疑われた。百日咳対策には、マクロライド耐性にかかわらずワクチン接種が有効である。定期接種に加えて5~6歳と11~12歳の小児への3種混合DPTワクチンの任意接種が日本小児科学会によって推奨されている。また定期接種前の2か月未満の乳児には、3種混合DPTワクチンの妊婦への任意接種で胎盤を介した移行抗体で守る方法がある4)。
マクロライド耐性百日咳菌の治療や除菌には、感受性のある抗菌薬の使用が必要でST合剤が選択肢の一つである5)。ST合剤は、新生児において高ビリルビン血症による核黄疸のリスクがあるので禁忌だが、ビリルビン値が低い症例では他の有効な選択肢がないので、救命のための使用は許容と考えられる。代替薬はレボフロキサシン静注だが有効性のデータが乏しく、かつ本剤も小児禁忌である。また培養や薬剤感受性検査は特殊で時間も要するため、初期治療では薬剤感受性結果は不明なことが多い。ワクチン接種歴のない重症化リスクの高い小児の初期治療は、MRBPを考慮したST合剤を含む治療を検討すべきである。
参考文献
- Mi YM, et al., Pediatr Infect Dis J 40: 87-90, 2021
- 谷口公啓ら, IASR 46: 42-43, 2025
- Kamachi K, et al., Emerg Infect Dis 26: 2511-2513, 2020
- 産婦人科診療ガイドライン―産科編2023
- Red Book: 2024-2027 Report of the Committee on Infectious Diseases, 33rd ed
東京都立小児総合医療センター
感染症科
中村祥崇 芝田明和 堀越裕歩
集中治療科
斎藤 修
血液腫瘍科
湯坐有希
総合診療科
幡谷浩史
検査科
為 智之
分子生物研究室
木下和枝
東京都健康安全研究センター
病原細菌研究科
内谷友美 鈴木 淳
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
細菌第二部第一室