韓国渡航歴に関連したEHEC感染症について, 2018~2024年
韓国渡航歴に関連したEHEC感染症について, 2018~2024年
(IASR Vol. 46 p104-106: 2025年5月号)
腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic Escherichia coli: EHEC)感染症の原因菌は, Vero毒素(Vero toxin: VTまたはShiga toxin: Stx)を産生する大腸菌である。EHEC感染症は少量の菌数(50個程度)で発症する1)。主な症状は腹痛, 水様性下痢および血便である。また, EHEC感染後に, 溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症等の重篤な合併症を発症する可能性がある。HUSを発症した患者の致命率は1-5%と報告されている1)。これまで国内におけるEHECの集団感染事例は食品(牛肉, 牛生肉, 牛レバー刺し, ハンバーグ, サラダ等), 反芻動物や環境からの感染が報告されている2)。
2024年の感染症発生動向調査において, 感染地域を国外として記載された国は19カ国(台湾除く)あり, うち韓国が最多の報告数であった。過去の報告では韓国渡航後の事例3)が報告されている。本稿は2018~2024年の同一期間における「韓国渡航歴に関連したEHEC症例」(韓国渡航例)について, 「EHEC感染症として届け出られた症例(EHEC全体の症例:韓国渡航歴に関連したEHECの症例含む)」(全症例)の属性の分布を比較し, 状況をまとめることを目的とした。
症例定義を, 感染症発生動向調査において, 2018年1月1日~2024年12月31日にEHEC感染症と診断された症例(データ抽出日:2025年3月4日)の中で, (1)感染地域に「大韓民国」あるいは「韓国」の記載, または(2)備考欄に韓国渡航歴に関する情報の記載がある者を韓国渡航例とした。症例定義と同一期間における韓国渡航例と全症例の属性の分布を比較した。
韓国渡航例の症例定義に合致した症例数は364例で, その推移は, 2018年32例, 2019年57例, 2020年0例, 2021年0例, 2022年4例, 2023年96例, 2024年175例であった。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより渡航が制限されていた2020~2022年を除くと, 韓国渡航例の報告数の増加がみられた(図)。EHEC全体である全症例の数は, 2018~2024年に3,090-3,855例で推移した。各年における韓国渡航例の報告数の診断月別ピークは, 2018年が7月(8例), 2019年が7月(12例), 2023年が9月(24例), 2024年が9月(45例)で, いずれもピーク数は増加しており, 全症例と同様に夏季に増加し, 冬季に減少していた。
2018~2024年に症例定義に合致した韓国渡航例(364例)と全症例(24,886例:韓国渡航例含む)の基本属性を比較した(表)。韓国渡航例の年齢中央値は25歳(範囲:7~81歳)で, 全症例は27歳(範囲:0~105歳)であった。性別は女性で韓国渡航例(74%)が全症例(57%)よりも高い割合であった。年代は韓国渡航例で20代(53%)が全症例(20%)よりも高い割合であった。また, 職業は韓国渡航例で会社員(14.8%)が最も多く全症例(9.4%)よりも高い割合であった。また, 大学生(6.3%)は全症例(2.0%)よりも高い割合であった。重症例については, 韓国渡航例のうちHUSが3例(0.8%), 脳症が1例(0.3%)報告された(全症例のHUSは1.9%, 脳症は0.2%)。感染原因・感染経路については, 韓国渡航例の大半(92%)が経口感染と報告された。また, 備考欄等の記載にユッケ(馬肉や加熱ユッケは除く)または生レバー(レバー刺し含む)の記載があった症例は, 韓国渡航例(65%)が全症例(2.7%)よりも高い割合であった。以上から, 韓国渡航例の特徴は, 全症例と比較して, 20代や女性に多く, 職業は会社員・大学生が多く, 生肉等喫食の記載の割合が高く, 重症例(HUSと脳症)が同程度の割合で報告されていた。
2024年の日本人の主要な海外渡航先国は, 韓国が最多であった。韓国への渡航者数はCOVID-19のパンデミックで減少し, 2021年4月以降に増加傾向へ転じ, 2024年はパンデミック前の2019年と同等の渡航者数となった4)。今後も渡航先国として渡航者が多い状況が継続することが考えられることから, 渡航先国においてEHECへの感染リスクを避けるために, 生肉等の喫食を避けることは重要である。
厚生労働省検疫所5)は「海外でも生肉の喫食に注意」のポスターを発行しており, 空港等での啓発を行っている。牛肉はEHECの汚染が報告されており, 生肉等の喫食はEHEC感染のリスクがあるとともに, 生肉等の喫食による重症者も報告されている6,7)。連休や夏休み後にかけて韓国渡航によるEHEC症例の増加がみられたことから, 今後も同時期の韓国渡航によるEHEC症例が増加する可能性があると考えられた。韓国渡航での生肉等の喫食を避ける行動に繋がる啓発を継続することが重要である。
参考文献
- 国立健康危機管理研究機構感染症情報サイト, 腸管出血性大腸菌感染症
https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ta/ehec/010/ehec-intro.html - 厚生労働省, 腸管出血性大腸菌Q&A
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000177609.html - 加藤一恵ら, IASR 26: 141-142, 2005
- 株式会社JTB総合研究所, アウトバウンド日本人海外旅行動向
https://www.tourism.jp/tourism-database/stats/outbound/ - 厚生労働省検疫所FORTH, 海外での食べ物にご注意ください!
https://www.forth.go.jp/news/20241101_00001.html - Nehoya KN, et al., PLoS One 15: e0243828, 2020
- Yahata Y, et al., Epidemiol Infect 143: 2721-2732, 2015
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