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宮城県で捕獲されたイノシシの胃で見られたドロレス顎口虫

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宮城県で捕獲されたイノシシの胃でみられたドロレス顎口虫

(IASR Vol. 46 p129-130: 2025年6月号)

顎口虫は, 旋尾線虫目顎口虫科に属する線虫で, 国内では有棘顎口虫, 剛棘顎口虫, 日本顎口虫およびドロレス顎口虫の4種が報告されている1)。有棘顎口虫およびドロレス顎口虫は本州中部以南, 日本顎口虫は東北から九州, 剛棘顎口虫は輸入ドジョウで確認されている2,3)。顎口虫の幼虫がヒトに感染することにより, 線状爬行疹や移動性皮下腫瘤がみられ, 時に脳や眼に侵入して重篤な症状を引き起こす1)

宮城県南部で捕獲された複数のイノシシの胃内に多数の寄生虫が確認されたため検査依頼があり, 形態学的検査, 病理組織学的検査および遺伝子学的検査により, 県内で初めてドロレス顎口虫が確認されたので報告する。

虫体は, 胃粘膜面に体前部が深く穿孔した状態で冷凍保存され搬入された。虫体を胃壁から摘出し, 10%ホルマリン溶液と70%エタノール溶液にそれぞれ浸漬し, グリセリンを用いて透過処理後, 実体顕微鏡で形態学的検査を行った。

胃粘膜面の寄生部位は, 所要の組織切片を切り出し, 定法によりパラフィン包埋・薄切, 組織切片についてHE染色等を施して病理組織学的検査を行った。

また, 原因寄生虫種を同定するため, QIAamp DNA Mini Kit(QIAGEN社)によりDNAを抽出した。既報のPCRによりミトコンドリアのcytochrome c oxidase subunit 1遺伝子(cox-1)の一部を増幅し, ダイレクトシーケンスにより塩基配列を決定した4)

形態学的に, 虫体は淡紅色もしくは乳白色で, 体長1-2cm, 体部は幅1-3mmと太く, 頭部は環状に複数列に並ぶ鉤を備えた頭球を有し, 体表は微細な小棘で覆われていた(図1)。これらの所見から, 顎口虫属と思われた。

病理組織学的に, 胃粘膜面の寄生部位は, 虫体が粘膜上皮から粘膜下組織まで穿入し, 穿孔部周囲は壊死組織や好酸球を主とする著しい細胞浸潤がみられ(図2A), 粘膜下組織はエラスチカ・ワンギーソン染色で赤色に染まる膠原繊維の増生がみられた(図2B)。虫体は好酸性に染まり, 体表が棘状構造(図2C)を呈した。これらの所見は既報5)と同様であり, 虫卵は楕円形で両端にふくらみが認められたことから(図3), ドロレス顎口虫と同定した。

遺伝子学的に, 得られたcox-1の塩基配列はBLAST(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)の相同性検索により, 三重県のドロレス顎口虫(GenBank accession no. AB180100.1)との一致率は97.59%であった。

以上の成績から, イノシシの胃内に多数認められた寄生虫をドロレス顎口虫と同定した。

ドロレス顎口虫の分布は本州中部以南といわれていたが, 今回, 東北地方のイノシシにおいて, ドロレス顎口虫の寄生が確認された。宮城県におけるイノシシによる被害額と捕獲数は増加傾向にあり6), 全国の調査でも1978~2018年度までの40年間で, イノシシの分布域が約1.9倍に拡大し, 年々北上していることが示されている7)。今後, ドロレス顎口虫が寄生するイノシシの分布域拡大により, 中間宿主となりうる関東および東北地方の魚類や両生類等に幼虫が常在化する可能性がある。2022年に青森県においてシラウオが感染源と疑われる顎口虫症の集団発生も報告されており3), 淡水魚の生食等によるヒトへの感染のリスクについて啓発する必要がある。

参考文献

  1. 内閣府食品安全委員会, 31.顎口虫
    https://www.fsc.go.jp/sonota/hazard/H22_31.pdf
  2. 赤羽啓栄, 日本における寄生虫学の研究 7: 475-495, 1999
    https://kiseichu-archives.blogspot.com/p/progress-med-parasitol-japan-j.html
  3. 筏井宏実, IASR 46: 6-7, 2025
  4. Jongthawin J, et al., Am J Trop Med Hyg 93: 615-618, 2015
  5. 芦沢広三ら, 宮崎大学農学部研究報告 26: 279-290, 1979
  6. 宮城県環境生活部自然保護課, 令和5(2023)年度 イノシシに関する各種データ, 2024
    https://www.pref.miyagi.jp/documents/24046/04_data.pdf
  7. 環境省自然環境局野生生物課鳥獣保護管理室, 全国のニホンジカ及びイノシシの生息分布調査について 資料3
    https://www.env.go.jp/content/900517069.pdf
宮城県食肉衛生検査所         
 山木紀彦 岡田珠里亜       
宮城県保健環境センター        
 工藤 剛 坂上亜希恵 佐々木美江 
宮城県環境生活部食と暮らしの安全推進課
 菊地利紀            
北里大学獣医学部獣医寄生虫学研究室
 筏井宏実

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