本邦におけるRSウイルスの分子疫学
本邦におけるRSウイルスの分子疫学
(IASR Vol. 46 p117-119: 2025年6月号)
RSウイルス(respiratory syncytial virus: RSV)は, 世界中に存在し地理的な偏りはなく, いずれの地域においても乳幼児に大きなインパクトを与える感染症である。RSV感染症は, 毎年流行を繰り返すが, 特に流行が多くなる時期があり, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)流行前の2018年, 2019年では8~9月にかけて, SARS-CoV-2流行中・流行後の2021年以降では7月を中心に感染者の増加がみられていた1)。全国におけるRSV感染症患者(患者)の定点からの報告数は, SARS-CoV-2流行以前では, 主に9月以降にピークを迎えていたが, 2020年は流行がないまま経過したことの影響もあり, 2021年6~7月に例年を大きく超えるピークがあった。その後, 2022年以降は主に6~7月に報告数がピークを迎えることが多くなってきていることから, 夏などの暑い時期においても注意が必要となってきている1)。
RSVは, ニューモウイルス科(Pneumoviridae)のオルソニューモウイルス属(Orthopneumovirus)に分類され, 遺伝子は1本鎖マイナス(-)RNAである。ウイルスゲノムは約15.2kbで, 主にGタンパク質の遺伝子により, 2つのサブグループ(RSV-AとRSV-B)に分類できることが知られている。さらに, RSV-AとRSV-Bは, ともに多様な遺伝子型に分類することができることが知られている2)。近年, 新たな分類法も提案されていることから, 世界的に分子疫学が進歩していくと考えられている3)。
本稿では, 2015年以降に本邦で検出されたRSVのG遺伝子についてデータベース(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/labs/virus/vssi/#/)に登録されている配列を入手し, 系統樹解析を実施し, 評価した。入手した配列を, RSV-AおよびRSV-Bに分類し, Gタンパク質の第2可変部位の遺伝子について解析を行った。解析は, MAFFTでアライメント後, 100%一致する配列を除去し, NJ法により系統樹解析を行った4)。
RSV-Aでは, すべてが遺伝子型ON1であった(図1)。ON1は, NA1のC末端領域に72塩基の繰り返し配列が挿入されている新しい遺伝子型として2010年にカナダで初めて検出されて以降, 世界中で主流行株となっている5)。特に, 2016年以降では, それまでの主流行株であったGA2やNA1からON1に置き換わり, 2018年以降ではON1が主流行株であった。同様の現象は海外でも認められており, 現在においてもON1が主流行株であると考えられる。さらに, SARS-CoV-2の流行前後で比較してみても, クラスターに偏りはなく, 特徴的な変異もみつかっていない。
RSV-Bでは, すべてが遺伝子型BA9であった(図2)。遺伝子型BAは, RSV-Bの中でC末端に60塩基の重複を有する遺伝子型として報告され, その後BA9が本邦においても主流であると報告されている1)。本解析結果からも, BA9が主流であると考えられる。さらに, SARS-CoV-2流行前後においては, 新しい遺伝子型の出現はみられておらず, 特徴的な変異もみつかっていない。現在, 世界中で検出されているRSV-Bの多くが遺伝子型BA9であると考えられる6)。
本邦において, 2025年4月から急性呼吸器感染症の病原体サーベイランスが開始されたことにより, 多くのRSVが検出されるようになることが想定される。今後も新たな遺伝子型の出現が想定されることから, 詳しく動向を把握していくことが重要と考えられる。
参考文献
- 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, IDWR過去10年との比較グラフ(週報)-RSウイルス感染症 RSV Infection-
- Hibino A, et al., PLoS One 13: e0192085, 2018
- Goya S, et al., Emerg Infect Dis 30: 1631-1641, 2024
- Cui G, et al., PLoS One 8: e75020, 2013
- Eshaghi A, et al., PLoS One 7: e32807, 2012
- Li J, et al., Sci Rep 15: 13126, 2025
群馬県衛生環境研究所
塚越博之 猿木信裕
群馬パース大学
木村博一
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
呼吸器系ウイルス研究部第二室
白戸憲也