新興・再興感染症臨床研究ネットワーク(iCROWN)事業におけるSARIについて
新興・再興感染症臨床研究ネットワーク(iCROWN)事業におけるSARIについて
(IASR Vol. 46 p119-120: 2025年6月号)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)において, ワクチンや治療薬の開発に対する平時からの産官学連携での取り組み等が十分ではなかった結果, 国産ワクチンや治療薬の実用化に時間を要した。加えて, 感染症法上の1類・2類感染症等の患者の入院診療を行う「感染症指定医療機関」は, 必ずしも臨床研究の対応能力が十分ではなく, 臨床研究の実施に困難が生じるという課題も存在した。これらの課題に対して, 診断薬や治療薬等の研究開発の基盤としてコロナ禍のなかで構築された「新興・再興感染症データバンク事業ナショナル・リポジトリ(REBIND)」を発展的に拡張させる形で, 令和6(2024)年度より厚生労働省(厚労省)の事業として国立感染症研究所と国立国際医療研究センターの共同により「感染症臨床研究ネットワーク(iCROWN: infectious Disease Clinical Research NetwOrk With National Repository)事業」が開始された。iCROWNは医療機関や自治体等と連携し, 多施設で感染症の臨床研究を実施できる体制を構築するとともに, 医療機関等から患者情報や試料を収集する取り組みが継続されている1)。令和6(2024)年度はモデル事業として14の特定・第一種感染症指定医療機関が参加したが, 厚労省は令和7(2025)年度以降は各都道府県に1つの第一種感染症指定医療機関の参加を目指している。
iCROWNは, 臨床研究においては, 平時には感染症に関する医薬品の研究開発に協力可能な感染症指定医療機関等の医療機関とネットワークを構築し, 実際に研究を遂行しながら感染症の科学的知見の創出や医薬品等の研究開発を実施する体制の整備を行う。有事の際にはこのネットワークを活用し, 迅速に医薬品の臨床研究を実施する。現在は, モデル事業に参加した医療機関を中心に重症急性呼吸器感染症(severe acute respiratory infection: SARI)関連の研究として, “重症急性呼吸器感染症(SARI)に関する異なる収集部位における相関関係評価研究”や, “インフルエンザに対するファビピラビル注射剤の有効性と安全性を探索するための第II相医師主導治験”が行われており, これらの研究を通して明らかとなった課題を整理し解決するとともに, 参加医療機関の職員をはじめとした関係者間でのコミュニケーションを深めているところである。
iCROWNのレポジトリ機能には, 1)多施設共同研究として全国から生体試料・医療情報を収集, 2)病原体およびヒトゲノムの解析, 3)収集保管した生体試料・医療情報・ゲノム解析結果の研究機関ならびに民間企業に対しての提供, がある。本枠組みは, iCROWNが信頼に足る管理者(カストディアン)として, 研究成果の権利を使用者へ単独帰属させながら, データ取り扱いに関する報告を義務としているのが特色である。共同研究契約としての情報や検体の提供, あるいは病原体株等の分譲, といった従来の研究活動の特色を活かしながら, 臨床情報と検体の外部提供の新しい形を提示している。生体試料および医療情報は, iCROWN参加施設から前向きに提供されたものと, 既存研究等から提供されたものがある。2025年4月時点でのネットワーク事業対象感染症は, SARI(新型コロナウイルス感染症を含む), エムポックス, 原因不明小児肝炎, 入国時感染症ゲノムサーベイランス(空港検疫検体)がある。対象疾患は今後も拡大していく予定である。
SARIは, 急性の上気道炎(鼻炎, 副鼻腔炎, 中耳炎, 咽頭炎, 喉頭炎)あるいは下気道炎(気管支炎, 細気管支炎, 肺炎)を指す多彩な病原体による症候群の総称であり, そのうち, 特に重症な症例がSARIであると提唱されている。米国, 英国, 欧州連合(EU)等諸外国では, SARIについて, 公衆衛生対策を強化し, 疫学研究や新薬開発をすすめるために対応を始めている2)。本邦でも, 2024年9月にiCROWNの運営するレポジトリの対象にSARI症例が追加された。原則として発熱の有無にかかわらず酸素需要をともなう呼吸不全を有する入院症例を対象とし, COVID-19, インフルエンザ, RSウイルス感染症を中心に, レジオネラ肺炎, 病原体が不明な症例も対象となっている。臨床検体は, 鼻咽頭ぬぐい液, 血液に加え, レジオネラなどの病原体分離のために喀痰検体も収集している。血液検体から分離された試料として, 血漿, 末梢血単核球細胞, ヒトゲノムの解析結果, が保管される。鼻咽頭ぬぐい液からは, 試料として鼻咽頭ぬぐい液と分離された病原体, 解析された情報として病原体ゲノムの解析結果が保管される。これらの試料は, 必要に応じて臨床情報も含めて利活用することが可能である。現在SARIでは, COVID-19やインフルエンザを中心にマイコプラズマ肺炎等も保管されている。利活用希望の場合は, 試料や情報についてまずiCROWNのwebサイトにある相談窓口にご連絡いただきたい。希望の試料と情報の有無, 所定の手順(ポータルサイト登録・利活用審査)について対応する。
SARIのサーベイランスの定義や収集法については課題がある。オランダやアイルランドでは, SARI症例を国の事情に合わせた項目を効率的に収集する方法を検討している3,4)。アイルランドにおけるSARIデータベースは, 欧州疾病予防管理センター(ECDC)の症例定義を100%満たしていたが, 世界保健機関(WHO)の定義を満たした症例は34%であった。感度を検証するために傾向を監視したうえで, 異常なイベントを抽出するには十分と判断し, アイルランドでは引き続き同定義を継続している。定義の正当性は目的により異なるため, 各国で独自に評価が必要である。オランダでは, 既存のデータベースおよび検体収集スキームを一覧にし, データの質, 即時性, 代表性, 簡便性などを評価した。すべてを満たす単一なデータベースは存在しないことから, 目的に応じて援用するデータベースを決定し, 最小限のリソースにて目的に資する情報と検体を収集する体制を構築している。本邦でも, 成人のRSウイルス検査が保険適用外であることからRSウイルス感染症の感度が下がることや, SARI症例を抽出するためのスクリーニング体制に労力がかかるなどの課題がある。課題解決のために, iCROWNにおいてもレポジトリへの患者情報の入力の負担を軽減するために, 医療情報全般でのDXを推進し, 電子カルテから直接収集した情報を活用した症例報告書の作成を検討していく必要がある。これらiCROWNの取り組みを通して, 日本国内での感染症対策が一層強化されるとともに, 次なるパンデミック対策に貢献することが期待されている。
参考文献
- 国立健康危機管理研究機構, 感染症臨床研究ネットワーク事業 iCROWN
https://nwp.ncgm.go.jp/index.html - 松永展明ら, IASR 45: 200-201, 2024
- Marron L, et al., BMC Public Health 25: 492, 2025
- Marbus SD, et al., Public Health Pract (Oxf) 1: 100014, 2020
国立健康危機管理研究機構
国立国際医療センター
国際感染症センター
松永展明 大曲貴夫