小児領域におけるRSウイルス感染症予防戦略の現状と今後の展望

小児領域におけるRSウイルス感染症予防戦略の現状と今後の展望
(IASR Vol. 46 p126-127: 2025年6月号)
予防戦略の発展と現状
RSウイルス(RSV)感染症予防薬として, 1998年にF蛋白を標的とするモノクローナル抗体(mAb), palivizumab(SYNAGIS®)が米国で承認され, 世界中で広く使用されるようになった。その後, F蛋白の立体構造や中和エピトープの解明が進み, 融合前F蛋白(pre-F)に特異的なエピトープ(site Øとsite V)を標的とする抗体は中和活性が高いことが示された1)。これより, 半減期が延長されたsite Ø標的mAb, nirsevimab(Beyfortus®)および妊婦用ワクチンとしてpreF2価ワクチン(ABRYSVO®)が開発され, 2022年以降, 欧米や本邦で承認された。
RSV感染症は基礎疾患を持つ児のみならず, 健康な乳児でも重症化し得る。現在, 米国, スペイン, フランスなどで全乳児を対象としたnirsevimab投与が推奨され, 実臨床で高い予防効果が報告されている2-4)。一方, オーストラリアでは全妊婦へのpreF2価ワクチン投与が推奨され, 乳児のRSV感染症入院数が半減すると推計されている5)。本邦ではpalivizumab, nirsevimab, および妊婦へのpreF2価ワクチンが薬事承認されており, palivizumabとnirsevimabは基礎疾患を持つ乳幼児に対して保険適用されている。
ウイルス進化にともなう薬剤の感受性変化
新規薬剤の開発にともない, 標的部位のアミノ酸変異による薬剤耐性化が懸念されている。RSVのF蛋白アミノ酸は経年的に変化し, それにともない抗体感受性も変化してきた6)。2010年代に臨床試験中であったsite V標的mAb, suptavumabは耐性変異株の主流化により開発が中止された7)。我々は, 福島県における15年間(2008~2023年)のRSV臨床分離株のF蛋白のアミノ酸配列と抗体感受性を解析し,アミノ酸変異と感受性の変化を確認した。Palivizumab投与患者からは耐性変異株が分離され, 選択圧による耐性変異の誘導が示唆された(図)8)。しかし, palivizumabは20年以上の使用実績があり, 安全性と有効性に関するエビデンスが十分に蓄積されており, 今日のハイリスク児のみの接種においては, 耐性変異株主流化のリスクは低いと推測される。Site Øは臨床試験のnirsevimab投与群で耐性変異株が検出されており9), 広く接種される状況において, 耐性変異株拡大への注意が必要である。一方, 妊婦用ワクチンはポリクローナルな中和抗体が誘導されるため, 耐性化リスクは低いと推測される。
今後の展望
新規薬剤普及により, RSV感染症の疾病負荷の大幅な減少が期待される。さらに, 重症RSV感染症は喘息発症との関連が報告されており10), 喘息の疾病負荷低減にもつながる可能性がある。しかし, 広く使用される薬剤の耐性変異株主流化と, その病原性への注視が必要である。現在, 第III相臨床試験中の弱毒生ワクチンやsite IV標的mAb, clesrovimabをはじめ, 様々な新規薬剤が開発されている。今後, RSV感染症の予防戦略において, 標的部位のアミノ酸変異や抗体感受性のモニタリングと同時に, 既存の製剤も含め, 多種の製剤をいかに使用するかが課題となる。
参考文献
- McLellan JS, et al., Science 342: 592-598, 2013
- Moline HL, et al., MMWR 73: 209-214, 2024
- Ares-Gómez S, et al., Lancet Infect Dis 24: 817-828, 2024
- Assad Z, et al., N Engl J Med 391: 144-154, 2024
- Nazareno AL, et al., Vaccine 42: 126418, 2024
- Lin GL, et al., Nat Commun 12: 5125, 2021
- Simões EAF, et al., Clin Infect Dis 73: e4400-e4408, 2021
- Okabe H, et al., J Infect Dis: jiae636, 2024
https://doi.org/10.1093/infdis/jiae636 - Ahani B, et al., Nat Commun 14: 4347, 2023
- Pérez-Yarza EG, et al., Pediatr Infect Dis J 26: 733-739, 2007
岡部永生 橋本浩一 郷 勇人