RSウイルス感染症 2024年現在

RSウイルス感染症 2024年現在
(IASR Vol. 46 p113-115: 2025年6月号)Respiratory syncytial virus(RSウイルス)はニューモウイルス科オルソニューモウイルス属に属するウイルスである。かつてはパラミクソウイルス科ニューモウイルス亜科ニューモウイルス属としてRSウイルスという名称であったが, 現在の正式名称はオルソニューモウイルスホミニス(Orthopneumovirus hominis)であり, RSウイルスは通称となっている。
RSウイルスは世界中に広く分布しており, 症状は軽症の感冒様症状から下気道症状に至るまで様々で, ほぼすべてのヒトが幼児期に感染し, 特に生後6か月齢未満で最も重症化し, 入院のピークは生後3か月齢といわれる(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16154667/)。近年では高齢者における重症感染が報告されている(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29262784/)。
本邦では, RSウイルス感染症は感染症法上の5類感染症小児科定点把握対象疾患である(本号4, 5ページ)。また, 令和7(2025)年4月7日より開始された急性呼吸器感染症(acute respiratory infection: ARI)サーベイランスにおいて, 地方衛生研究所(地衛研)は, 全国約300カ所のARI病原体定点医療機関で採取された検体に対し, RSウイルスを含む呼吸器ウイルスの検査を実施している。このサーベイランスにより, 成人を含むARI患者におけるRSウイルスの陽性割合の把握が可能となった(https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/idss/content/teiten_ARI/index.html)。
また感染症臨床研究ネットワーク(iCROWN)事業における対象感染症の1つである重症急性呼吸器感染症(severe acute respiratory infection: SARI)にRSウイルス感染症が含まれている(本号7ページ)。
RSウイルス感染症患者発生状況
感染症発生動向調査におけるRSウイルス感染症患者の定点当たり報告数は, 2019年以前は第27週(7月)頃から増加し始め, 第37週(9月)にピークになり, 年末にかけて減少する傾向を呈していた。2021年より, 流行開始時期が第15週(4月)頃に推移し, 年末にかけて流行が終息するようになった。特に2024年は, 第10週(3月)頃から増加し始め, 定点当たり2.00をわずかに下回る程度の報告数が第32週(8月)頃まで継続し, その後流行が終息した(図1)。各年の定点当たり報告数(年間報告数)は, 2018年:38.29(120,743), 2019年:44.39(140,093), 2020年:5.74(18,097), 2021年:71.96(226,952), 2022年:38.30(120,352), 2023年:46.35(145,536), 2024年:39.22(122,794)であった。
地域別の報告状況は, 2019年以前は沖縄県から報告数が増加し, 次いで全国で報告数が増加, 東北地方・北海道では増加の時期が遅くなる傾向があった(IASR 43: 79-81, 2022)。流行開始の時期が早まった2021年以降, 西日本全域から報告数が増加し, 遅れて東北地方で報告数が増加する傾向となった(図2)。
患者の年齢分布は2021~2023年に変化が観察された。2018~2020年の患者の年齢分布は, 2歳以下の報告が約85%(2018年:88.6%, 2019年:86.8%, 2020年:85.0%)を占め, 年齢別では1歳, 0歳, 2歳の順に多かった。しかし2021年以降は3歳以上, 特に3歳と4歳の報告が増加した。同年齢層が占める割合は2020年までは10%程度であったが, 2021~2023年は20%程度となった(2021年:21.9%, 2022年:20.3%, 2023年:17.5%)。2024年は2020年以前に近い年齢分布となった(0~2歳:81.4%, 3・4歳:13.9%)。5歳以上は, 2020年までは2%程度であったが, 2021年以降は4-5%程度であった(図3)。
患者の男性の割合は, 53%程度で推移した(2018年:53.4%, 2019年:53.4%, 2020年:53.1%, 2021年:52.5%, 2022年:52.9%, 2023年:52.7%, 2024年:53.1%)。
RSウイルス等呼吸器ウイルス検出状況
2018~2024年(2025年4月24日現在)に採取された検体から地衛研等で検出され, 病原体検出情報サブシステムに報告された呼吸器系ウイルスの年別の検出数を示す(表)。RSウイルスの検出数は, 2019年以前は1,000件以上/年であったが, その後減少し, 直近の2023年と2024年は800件/年に満たない程度の検出数となった。検出時期は患者発生状況にほぼ連動した(図1)。
ARIサーベイランスの開始にともない, 前回特集(IASR 43: 79-81, 2022)の表で示した病原体に加え, 本特集ではエンテロウイルス属とアデノウイルス属を追加した(表)。2024年は, 検出数の上位3病原体はインフルエンザウイルス(5,780), エンテロウイルス(2,378), SARS-CoV-2(2,223)であり, RSウイルスは全体の5.5%を占めた(797/14,380)。
2018~2024年にRSウイルスが検出された5,358例において, 検出方法では遺伝子検出:5,195例(97.0%), 検体では咽頭ぬぐい液:5,267例(98.3%)が最も多かった。RSウイルスが検出された患者の症状は, 上気道炎, 下気道炎, 気管支炎, 肺炎といった呼吸器に関連する症状が4,545例(84.8%)であり, そのうち肺炎の併発にまで至った症例は399例(7.4%)であった。また, 重症例である脳炎・脳症を示した患者からの検出は25例(0.5%)であった。
ワクチン等開発状況
1960年代にホルマリン不活化ワクチンの開発に失敗して以降, ワクチンの開発は難航し, ヒト化モノクローナル抗体製剤であるpalivizumabが唯一予防的投与に用いられるのみであった。前回特集から本特集までに生じた大きな出来事として, ようやく2023年5月に世界で初めてグラクソ・スミスクライン(GSK)社の高齢者用ワクチン(AREXVY)が米国, 欧州で承認された。次いでファイザー社の母子免疫・高齢者用ワクチン(ABRYSVO®), モデルナ社の高齢者用ワクチン(mRESVIA®)も同地域において承認され, さらに半減期延長型の抗体製剤であるnirsevimab(Beyfortus®)も2022年11月に欧州で, ついで米国で承認された。本邦においてもmRESVIA®以外の製剤は承認済みであり, 現在ではRSウイルスの予防戦略に選択肢が生まれている状態である。
本特集号ではこれらに関連し, ワクチンの開発状況(本号8ページ), 高齢者向けワクチンの状況および成人(高齢者)におけるRSウイルス感染症(本号9, 11ページ), コロナ禍前後の呼吸器感染症入院患児における呼吸器ウイルス検出状況(本号12ページ), 小児領域におけるRSウイルス感染症の予防戦略(本号14ページ), RSウイルス感染症の疾病負荷の推定(本号15ページ)を紹介する。
今後の課題
高齢者向けワクチンが承認され, 使用されている状況であるが, 上述のようにRSウイルス感染症は小児科定点による定点報告疾患のため, 成人(高齢者)における公的な疫学情報はこれまでに存在していなかった。今後は新たに始まったARIサーベイランス等により, 成人(高齢者)における疫学情報の蓄積が期待される。また, 高齢者用および母子免疫用のワクチンは承認されたが, 小児向けワクチンの開発は遅れている。サノフィ社の経鼻弱毒生ワクチン(SP0125)が開発中であり, 第III相試験が進行中の唯一の小児向けワクチンである。Beyfortus®は生後, RSウイルス感染流行期を初めて迎えるすべての新生児および乳幼児に対して適応を得ており, 海外では出生するすべての乳幼児に対する接種を推奨している国もある。このような大規模な使用は逃避変異株が発生するリスクを生むため, RSウイルスのゲノムサーベイランスの重要性が高まっている状況である。