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新潟市内において発生したC型ボツリヌス毒素による食餌性ボツリヌス症について

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新潟市内において発生したC型ボツリヌス毒素による食餌性ボツリヌス症について

(IASR Vol. 46 p153-154: 2025年7月号)

1.はじめに

2025年2月5日, 新潟市内の医療機関から新潟市保健所(当所)にボツリヌス症の発生届があった。患者から検出されたボツリヌス毒素の血清型はC型であり, これまで国内において, C型ボツリヌス毒素を原因とするボツリヌス症患者が報告されたのは, 1990年の乳児ボツリヌス症1)と2021年の食餌性ボツリヌス症2)のみである。また, 記録が残る1982年以降, 新潟市内でボツリヌス症の発生は確認されていないため, 極めて稀な事例である。本事例は, 推定ではあるが, 食品の保存方法が適切でなかったために発生したと考えられることから, 注意喚起のためにも概要を報告する。

2.判明までの経緯

患者は新潟市内在住の50代女性で, 生来健康であった。2025年1月21日午前1時頃, 突然羞明感, 口渇感, 嚥下困難感, 呂律不良を自覚した。同日午前5時頃医療機関Aを受診したが, その後症状が悪化したため, 同日午前11時頃医療機関Bへ救急搬送された。当初はギラン・バレー症候群が疑われて免疫療法が開始されたが, 症状は急激に進行した。1月25日に当所感染症担当へボツリヌス症疑い患者として連絡が入り, 患者の臨床検体(血清, 便)の検査を国立感染症研究所(感染研)に依頼した。

3.臨床経過

来院時, 多発脳神経麻痺(動眼・滑車・外転神経麻痺, 顔面神経麻痺, 舌咽・迷走神経麻痺, 舌下神経麻痺), 呼吸筋麻痺, 頸部・上肢筋力低下, 四肢腱反射消失, 自律神経障害(羞明, 唾液分泌低下)を認めた。先行感染や予防接種歴はなく, 嘔気嘔吐や下痢や腹痛などの消化器症状はなかった。2型呼吸不全に対して直ちに挿管・人工呼吸器管理を開始した。当初, ギラン・バレー症候群(咽頭・頸部・上腕型)の可能性を想定し, 免疫療法(血漿交換療法, ステロイドパルス療法, 大量免疫グロブリン療法)を開始したが, 治療反応性は乏しく, 発症から十数時間足らずの急激な経過で神経症状は悪化した。下行性の四肢麻痺が進行し, 全身の骨格筋麻痺により閉じ込め症候群に至った。また, 自律神経障害(消化管蠕動運動低下, 神経因性膀胱, 便秘, 起立性低血圧, 発汗低下)が顕在化した。臨床経過, 臨床所見, 電気生理学的所見からボツリヌス症を疑い, 第5病日に保健所に連絡, 第7病日からボツリヌス抗毒素を投与した。その後, C型ボツリヌス毒素によるC型ボツリヌス症の診断に至った。対症療法およびリハビリテーションの継続により全身の骨格筋麻痺は緩徐に回復傾向となり, 第70病日に人工呼吸器から離脱し, 短距離の歩行器歩行が可能になった。一方, 自律神経障害は遷延した。第80病日, 回復期リハビリテーション病院に転院した。

4.細菌学的検査

感染研にて, 患者の臨床検体(血清, 便)のマウス法およびPCR法による検査が実施された。第1病日に採取された血清検体, および第5病日に採取された便検体の上清を投与されたマウスは, ボツリヌス様症状を呈して死亡した。しかし, この毒性は, ヒトにおけるボツリヌス症の主たる原因である血清型A型, B型, E型およびF型の毒素に対する抗毒素(診断用抗毒素)では中和されなかった。そこで, 同血清検体および同便検体上清について, C型およびD型診断用抗毒素を用いてマウス法を実施したところ, C型診断用抗毒素を用いた場合のみ中和が認められた。このことから, 患者の血清および便検体中にC型ボツリヌス毒素が存在することが示された。同便検体の沈渣を増菌培養した培養液の上清からも, マウス法にてC型ボツリヌス毒素が検出された。また, この培養液から取得したDNAをテンプレートとし, C型およびD型毒素遺伝子検出用プライマー3)を用いてPCRを実施した結果, C型ボツリヌス毒素遺伝子が検出された。第5病日に採取された便検体を寒天培地に塗布し, 30℃で嫌気培養したところ, 培養8日目に微弱なリパーゼ反応を示すコロニーを認めた。そのコロニーを継代し, 培養温度を37℃に変更して嫌気培養したところ, 培養4日目にリパーゼ反応を示す発育良好なコロニーを認めた。また, 本コロニーのC型ボツリヌス毒素遺伝子について, PCRを行ったところ, 陽性であった。

5.聞き取り調査の方法

調査は第18病日に実施した。患者は意識清明で認知機能や高次脳機能は保たれていたが, 人工呼吸器管理中であり, 全身の骨格筋麻痺のため, 口頭や筆談での聞き取り調査は困難であった。そこで, 事前に患者の家族や医師等から可能な限り情報を収集したうえで調査を実施した。調査時, 医師および当所職員が口頭で質問し, 患者には「Yes」の場合は頷き, 「No」の場合は首を横に振ることで回答を得た。また, 簡単なオープンクエスチョンについては, 意思伝達装置「レッツ・チャット」および読唇法により行った。

6.調査結果

患者およびその家族に対して, 発症前72時間以内に喫食した食品について確認したところ, 発症13時間前に患者のみ喫食した食品が原因食品として疑われた。理由は以下のとおり。
・当該食品は「気密性のある容器包装詰めの要冷蔵食品」であり, 商品のパッケージに「要冷蔵」と表示されていたが, 患者は「常温保管可能なレトルトパウチ食品」と誤認し, 購入後約2カ月間自宅で常温保管していた
・患者の自宅は11月中旬頃より石油ファンヒーターを使用し, 暖かい環境であった
・患者は喫食時にブルーチーズのような異味・異臭を確認した ・食餌性ボツリヌス症の一般的な潜伏期間(8~36時間)に当該食品以外に疑わしい食品の喫食は確認されなかった

7.考察

本事例は, 食品表示を誤認し, 食品の保存方法が適切でなかったために発生したと考えられる。誤認の背景には, 厚生労働省が注意喚起4,5)しているものの, 現状では外観が非常に類似した要冷蔵食品とレトルトパウチ食品が混在していることが挙げられる。

治療に関して, 医師がボツリヌス症を疑い, 必要と判断した場合, 細菌学的検査結果を待たずに乾燥ボツリヌスウマ抗毒素(A, B, E, F型毒素に対する抗毒素)を使用することが推奨されている6)。本事例においても第7病日に同抗毒素が使用されたが, 後に原因がC型ボツリヌス毒素であることが判明し, 国内にはC型に対する治療用抗毒素は存在しないため, 特異的な治療が困難であった。

本事例では, 医療機関の協力により, 意思伝達装置を活用するなどして人工呼吸器管理中の患者に対して詳細な調査を実施することができた。その結果, 患者の喫食・行動歴や当該食品の保存環境の聞き取りが可能となり, 原因食品の推定が可能となった。

現在の注意喚起では, 消費者に対する要冷蔵食品の適切な保存方法に関する周知が十分でないことを考慮し, 誤認によるリスクを軽減するため, さらなる取り組みが求められる。特に食品に異常を感じた際は, 摂取を控えるよう注意喚起を行うことが重要である。また, 食品製造会社や販売店舗に対しても, 消費者が誤認しないよう, わかりやすい表示の工夫や販売時の説明強化など, 現状以上の対策を講じることが求められる。

参考文献

  1. Oguma K, et al., Lancet 336: 1449-1450, 1990
  2. Maeda R, et al., Emerg Infect Dis 29: 2175-2177, 2023
  3. Takeshi K, et al., Microbiol Immunol 40: 5-11, 1996
  4. 厚生労働省, リーフレット(消費者の皆さまへ)
    https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/dl/leaflet_241105_01.pdf
  5. 厚生労働省, リーフレット(食品関係事業者の皆さまへ)
    https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/dl/leaflet_241105_02.pdf
  6. 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, ボツリヌス症(詳細版)
新潟市保健所    
 佐藤諒介 瀬野雄太 三浦智洋
 保坂菜摘 大宮智美 辻沢雅人
 山崎 哲          
新潟市民病院          
 脳神経内科         
  小野純花 野崎洋明 他田正義
  五十嵐修一        
 感染制御室          
  大崎角栄 影向 晃     
新潟市衛生環境研究所     
 小黒雅史 高橋優里絵    
国立健康危機管理研究機構  
国立感染症研究所        
 細菌第二部           
  油谷雅広 妹尾充敏 見理 剛

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