三重県内におけるネコからヒト(獣医師)への感染が疑われた重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の死亡例

三重県内におけるネコからヒト(獣医師)への感染が疑われた重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の死亡例
(IASR Vol. 46 p165-167: 2025年8月号)
患者
三重県在住の70代男性, 獣医師。高血圧症および脂質異常症の既往があった。発症の約3週間前にマダニが付着した放し飼いのネコ2頭を診察した。その際, 重症熱性血小板減少症候群(SFTS)を想定した個人防護具(PPE)の着用など, 特別な感染予防対策は実施していなかった。なお, 当該ネコは, 後にSFTSと検査診断された。
2025年X月0日(発症当日)より食欲不振を自覚し, 0+2日(発症2日目)には意識変容および胸部圧迫感を訴えた。0+4日(発症4日目)夜間, 胸部圧迫感が増悪し嘔吐したため, 当院へ救急搬送され緊急入院となった。
入院時, 体温37.5℃, 意識レベルはGlasgow Coma Scale(GCS)13点(E4V4M5)で, 発語不明瞭, 指示動作困難を認めた。また, 入院後に頻回の下痢を認めた。皮疹や痂皮は認められなかったが, 左腋窩リンパ節の腫大を認めた。胸部圧迫感は来院後に消失し, 12誘導心電図および経胸壁心エコーでは虚血性心疾患を示唆する所見はなかった。血液検査にて, WBC 1,300/μL(Neu 860/μL), Hb 14.8g/dL, Plt 54,000/μL, PT-INR 1.01, APTT 35秒, Fibrinogen 266mg/dL, D-dimer 10.8μg/mL, CRP 1.25mg/dL, BUN 37mg/dL, Cr 2.29 mg/dL, CK 2,019U/L, AST 353U/L, ALT 138U/L, LDH 697U/L, ALP 335U/L, T-Bil 0.7mg/dL, トロポニンT 0.03ng/mL, フェリチン 8,050ng/mLであり, 血球貪食症候群, 腎機能障害, 横紋筋融解症を示唆する所見であった。0+5日(入院2日目)の尿検査では, 潜血3+, 蛋白2+, β2ミクログロブリン 63,366μg/L, NAG 29.4U/g・Cr, L-FABP 1,996.1μg/g・Crと, 糸球体および尿細管障害が示唆された。胸部X線写真では肺炎像を認めず, CT検査でも明らかな熱源は認められなかったが, 左腋窩および鎖骨下リンパ節の多発腫大を認めた。
同患者が診察したネコがSFTSと診断されていたこと, 臨床および検査所見からSFTSを強く疑い, 補液管理のもと, 抗ウイルス薬ファビピラビル, 好中球減少に対するフィルグラスチム, 二次感染予防としてメロペネム, バンコマイシン, アムホテリシンBを投与した。0+6日(入院3日目)には新鮮凍結血漿4単位も投与した。0+7日(入院4日目)の午前の時点で, 意識レベルはGCS 11点(E3V2M6)へと悪化し, 項部硬直および筋強剛をともなった。血液検査ではWBC 4,300/μL, Cr 1.29mg/dLと一部改善を認めたものの, CRP 9.88mg/dL, CK 4,836U/L, AST 906U/L, ALT 194U/L, LDH 2,596U/Lと, 病勢は悪化傾向であった。同日午後, 呼吸状態が悪化したため人工呼吸器管理を開始し, 循環不全に対して昇圧薬を投与したが, 改善が得られず, 0+8日(入院5日目)未明に死亡退院となった。なお, 0+4日(入院時)および0+7日(入院4日目)に菌血症の可能性も考慮し採取した血液培養は陰性であった。また, 真菌感染症の可能性も考慮し, 入院時の血清β-Dグルカンおよびアスペルギルス抗原を測定したが, いずれも陰性であった。
入院時の全血・血清・尿検体を三重県保健環境研究所に提出した結果, SFTSウイルス遺伝子がRT-PCR法により陽性となり, SFTSと確定診断した。加えて, 国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所にて本患者および診察したネコから得られた検体からSFTSウイルス遺伝子を解析した結果, 同一系統であることが確認された。
考察
SFTSウイルス(Bandavirus dabieense)は, フタトゲチマダニなどのマダニによって媒介される。ヒト, ネコ, イヌなど哺乳動物への感染は, 感染マダニの刺咬が最も重要な感染経路であるが, 感染動物やヒトからヒトへの感染事例も複数報告されている1)。2025年4月30日時点で, 発症動物との接触により感染したと考えられる獣医療従事者届出例は11例にのぼる2)。また, 2024年3月には, 日本国内でSFTS患者のヒト-ヒト感染が示唆された症例も報告されている3)。当院でも, 発症4日目の全血・尿・唾液からSFTSウイルスが検出された生存例を経験しており, SFTS疑い患者の入院時には, 標準予防策に加え, 接触感染対策, その他, 状況に応じて追加の感染予防対策も講じるべきと考えている。
SFTSを発症したネコやイヌの唾液からも高濃度のSFTSウイルスが検出されている。2018年11月に宮崎県で実施された獣医療従事者を対象にした質問紙調査では, 小動物診療従事者の85.0%(57/67人)および86.3%(57/66人)が, 診療の際にそれぞれ使い捨て手袋およびマスクを着用していると回答した。一方, ゴーグルやフェイスシールドを着用していると回答したのはわずか22.6%(12/53人)であった4)。獣医療現場においても標準予防策の徹底とともに, SFTSが疑われる動物を診察する際には, 状況に応じてヒト患者同様の感染予防対策を講じる必要があると考えられた5)。
2024年6月, ファビピラビルの効能または効果にSFTSが追加された。本患者では, 0+5日(発症5日目)よりファビピラビルを投与したが, 病勢の抑制には至らなかった。ファビピラビルに関する日本の医師主導臨床研究では, 発症7日未満のSFTS成人患者でファビピラビル投与群の28日以内の累積致命率が17.4%に低下し, 予後改善効果が示された6)。一方, 中国からの報告では, ファビピラビルの有効性は「70歳以下」, 「発症から5日以内」, 「5日以上の治療」, 「ベースラインのウイルス量1×106copy/mL以下」の症例に限定されていた7)。本患者では病勢抑制には至らなかったが, 今後の臨床現場でのファビピラビルの有効性データの蓄積が求められる。
参考文献
- 重症熱性血小板減少症候群(SFTS)診療の手引き, 2024年版
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001229138.pdf - 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, 感染症発生動向調査で届出られたSFTS症例の概要(2025年4月30日更新)
- 清時 秀ら, IASR 45: 62-64, 2024
- Kirino Y, et al., Viruses 13: 229, 2021
- 獣医療関係者のSFTS発症動物対策について(2025年バージョン)
- Suemori K, et al., PLoS Negl Trop Dis 15: e0009103, 2021
- Yuan Y, et al., EBioMedicine 72: 103591, 2021
感染症内科
田中宏幸 小池隆介 豊嶋弘一
循環器内科
坂部茂俊
食環境衛生研究所動物衛生ラボラトリー事業部
山本賢修 都丸裕貴
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所
ウイルス第一部
吉河智城 下島昌幸 海老原秀喜
獣医科学部
石嶋慧多 前田 健
応用疫学研究センター
加藤博史 島田智恵 砂川富正