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神奈川県内を推定感染地とする初の重症熱性血小板減少症候群の1例

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神奈川県内を推定感染地とする初の重症熱性血小板減少症候群の1例

(IASR Vol. 46 p208-209: 2025年10月号)

重症熱性血小板減少症候群(severe fever with thrombocytopenia syndrome: SFTS)は, 2011年に中国で初めて報告されたSFTSウイルスを病原体とするダニ媒介感染症である1)。国内では2013年に山口県で初の患者が報告された2)。当初は西日本を中心に患者が報告されていたが, 患者発生地は徐々に東日本にも拡大し, これまでに31都府県で1,071の症例が届出されている(2025年4月30日現在)3)。関東地方では, これまでに東京都から2例, 神奈川県から1例のSFTS症例の届出があったが, いずれも推定感染地は西日本であり, 東京都の症例は長崎県および岡山県, 神奈川県の症例は宮崎県で感染したと考えられている。一方で, 千葉県において実施された遡及調査では, 2017年にSFTS症例が存在していたことが明らかとなり, 関東地方における初の感染例となった4)。今回, 新たに神奈川県内が推定感染地とされる症例が確認されたので報告する。

症例

患者は足柄上郡在住の60代女性で, 2025年6月X日に発熱を自覚した。さらに下痢等の消化器症状が現れX+4日後に県内の病院を受診し, 同日に入院となった。
症状は発熱や下痢のほか, 食欲不振, 全身倦怠感, 血小板減少, 白血球減少, リンパ節腫脹がみられたが, その後, 病状は快方に向かい退院に至った5)
上記の所見や, 過去につつが虫病の発生歴のある地域に居住していたことから, つつが虫病等のダニ媒介感染症が疑われた。

病原体検査

X+6日後に採取された全血を用いて, SFTSウイルス, つつが虫病リケッチア(Orientia tsutsugamushi), 日本紅斑熱リケッチア(Rickettsia japonica)のPCR検査を実施した。

SFTSウイルスは, 国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所の「病原体検出マニュアル 重症熱性血小板減少症候群(SFTS) 第2版 令和6(2024)年5月」に従い検査を実施した。遺伝子検査には, NP遺伝子を対象としたプライマーセット1(SFTSV NP-1F/SFTSV NP-1Rd)およびプライマーセット2(SFTSV NP-2F/SFTSV NP-2R)を使用したコンベンショナルRT-PCRを用いた。その結果, いずれのプライマーセットにおいても目的とする位置にバンドが検出された。さらに, 増幅産物についてダイレクトシーケンス法により塩基配列(420bp)を決定した結果, SFTSウイルスであることが確認された。そこで, 次世代シーケンサーを用いてSFTSウイルスのゲノム解析を行ったところ, S分節, M分節, L分節それぞれほぼ完全長のゲノム配列が取得され, 遺伝子型はいずれもJ1に分類された。

つつが虫病リケッチアおよび日本紅斑熱リケッチアは「リケッチア感染症診断マニュアル 令和元(2019)年6月版」に従いPCR検査を実施し, いずれも陰性であった。

考察

本症例では, 患者の県外への行動歴がなく, 自宅周辺で畑仕事や草むしり等を行った際に感染したことが推定されたことから, 初の県内感染例となった。推定感染地周辺の地域は, イノシシやシカ等の野生動物が生息している地域である6,7)ことから, マダニも相応に存在すると考えられるため, 今後マダニの生息状況に関する調査が必要である。なお, 千葉県における2017年の症例は遡及調査により確認された症例であったことから, 感染症法に基づく届出は実施されていなかった。感染症発生動向調査に基づく届出としては, 本症例が関東地方で初の症例となる。

神奈川県内を推定感染地とする初めてのSFTS患者が確認されたことから, 今後の県内発生に備え, 住民に対するさらなる注意喚起とダニ媒介感染症に対する予防啓発が必要と考えられる。また, ヒトへの感染はSFTSウイルス保有マダニによる刺咬が主たる感染経路と考えられているが, SFTSウイルス保有動物および急性期SFTS患者の体液からの感染例も報告されている8,9)ことから, 県内の獣医師や医師に対しても, 情報共有および注意喚起を行う必要がある。今後, 関係機関と連携して, 感染源となり得るマダニのほか, 伴侶動物および野生動物の調査が求められる。

謝辞:SFTSウイルスのゲノム解析を実施するにあたり, 検査系の構築に多大なご協力を賜りました福岡県保健環境研究所の金藤有里先生, 吉冨秀亮先生, 古谷貴志先生, 濱崎光宏先生に深謝いたします。

参考文献

  1. Yu XJ, et al., N Engl J Med 364: 1523-1532, 2011
  2. Takahashi T, et al., J Infect Dis 209: 816-827, 2014
  3. 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, 感染症発生動向調査で届出られたSFTS症例の概要(2025年4月30日更新)
  4. 平良雅克ら, IASR 42: 150-152, 2021
  5. 神奈川県, 重症熱性血小板減少症候群(SFTS)患者の発生に伴う注意喚起について(第2報)
    https://www.pref.kanagawa.jp/docs/ga4/prs/r9064576.html
  6. 神奈川県, 第2次神奈川県イノシシ管理計画, 令和5(2023)年3月  
    https://www.pref.kanagawa.jp/documents/40204/2_inoshishi_keikaku_1.pdf
  7. 神奈川県, 第5次神奈川県ニホンジカ管理計画, 令和5(2023)年3月
    https://www.pref.kanagawa.jp/documents/40200/5shikakeikaku.pdf
  8. 西條政幸ら, IASR 40: 117-118, 2019
  9. 清時 秀ら, IASR 45: 62-64, 2024

神奈川県衛生研究所       
 小林孝行 稲田貴嗣 片山 丘 
 渡邉寿美 伊達佳美 佐野貴子 
 荒木美緒 政岡智佳 木村睦未 
 小林桃子 篠原良輔 藤井絵美 
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 関戸晴子 吉田和浩 多屋馨子 

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