HIV診断薬の現状と検査体制への影響

HIV診断薬の現状と検査体制への影響
(IASR Vol. 46 p199-202: 2025年10月号)
本邦において現在利用可能なHIV診断薬
日本におけるHIV感染症の診断は, まず抗HIV-1/2抗体あるいはHIV-1抗原・抗HIV-1/2抗体同時検出診断薬を用いたスクリーニング検査を行い, 検査陽性例について, 抗体確認検査用診断薬を用いた確認検査を行う。感染診断を目的とした定性核酸増幅検査(NAT)診断薬の承認品が存在しないため, HIV-1 RNA量モニタリングを目的とした定量NAT診断薬が診断においても用いられる。「診療におけるHIV-1/2感染症の診断ガイドライン」1), 保健所等で実施される無料・匿名検査から感染診断までのフローをまとめた「病原体検出マニュアル・後天性免疫不全症候群(エイズ)/HIV感染症」2)にその詳細が説明されている。
表1に現在購入可能な製品を示した。最も一般的なスクリーニング検査用診断薬は[電気]化学発光[酵素]免疫測定法([E]CL[E]IA)を原理とする製品とイムノクロマト法(ICA)による製品(スクリーニングICA)であり, いずれもHIV-1/2抗体とHIV-1抗原を同時に検出でき, 第4世代検査とも呼ばれている。感染急性期の抗体陽転前に抗原のみが陽性となる場合があり, 第4世代検査は第3世代検査(抗体のみの検査)と比較し, 急性期のウインドウ期(感染後HIV検査結果が陽性となるまでの期間)短縮に役立つ。[E]CL[E]IAを原理とする製品では専用の大型の自動測定装置を用いる。汎用機器で使用可能な酵素免疫測定法(ELISA)もある。スクリーニングICAは[E]CL[E]IAやELISAと比べて感度・特異度はやや劣るが, 検体の滴下のみの操作で, 20分程度の反応時間で判定できることから, 保健所等における即日検査やクリニックにおける検査で用いられ, 受検者にとって利便性が高い。その他に, 抗体のみを測定するゼラチン粒子凝集法(PA)がある。抗体確認検査用診断薬である確認ICAは, 検体の滴下と金コロイド標識プロテインA展開の二段階反応により, 個別の構造タンパクに対する抗体反応を検出し, 確認検査とHIV-1/2鑑別診断を同時に行うことができる。かつてのウエスタンブロット法による抗体確認検査診断薬に代わって確認ICAが現在使用されている。現在, 購入可能なELISA, PA, スクリーニングICA, 確認ICAの既承認診断薬は, それぞれ1品目ずつである。HIV-1 RNAモニタリング用診断薬は5品目が購入可能である。また, 郵送検査で用いられるろ紙血を検体として使用可能な既承認診断薬もある。
HIV検査の主な枠組みとしては, 無料・匿名の保健所等での検査(保健所での検査と自治体が委託して実施する検査), 医療機関(病院・クリニック等)での検査があり, いずれの場合もスクリーニング検査として, スクリーニングICAによる迅速検査を用いる場合と, [E]CL[E]IA等を用いる場合がある。即日検査ではスクリーニング検査陰性であれば, その場で受検者に陰性の結果を通知することができ, 利便性が高い。保健所等で行われる即日検査のスキームは1種類のスクリーニングICAに依存している。その他に, 郵送検査の検査数が近年増加している3,4)。保健所等で実施する郵送検査については, 2025年6月に「保健所等で実施するHIV郵送検査の手引き」が厚生労働省健康・生活衛生局感染症対策部感染症対策課より発出された5)。また近年, HIV曝露前予防(PrEP)の利用者が増加しているが, PrEP開始前のHIV陰性確認のための検査として, 特にウインドウ期が短く, 感度の高いスクリーニング検査法を用いることが重要である。
HIV診断薬の供給と検査体制への影響
2024年8月下旬~12月中旬にスクリーニングICAの生産遅延による出荷制限が生じ, 一部の即日検査実施施設ではHIV検査の中止, または検査体制の変更などの対応が行われた。HIV検査・相談施設を横断的に検索できるwebサイト「HIV検査・相談マップ(https://www.hivkensa.com/)」に掲載中の保健所等即日検査施設364カ所のうち69カ所(19%)において, HIV検査受付中止, 即日検査のみ中止, 即日検査を通常検査に変更, 性感染症検査のみ実施, など様々な対応が取られた(表2)。当webサイト上では検査希望者に向けて, 検査体制が変更されている場合があることについて注意喚起を行った。また, 2025年4月には, 確認ICAの製造遅延による欠品が生じ, 一部の民間臨床検査センターでは一時的に抗体確認検査受託が停止された。民間臨床検査センターでは, 確認ICAを用いた抗体確認検査が年間約8,000件実施されている6)。国内に流通している抗体確認検査試薬は本製品のみであり, HIV-1とHIV-2の抗体を鑑別できる診断薬についても本製品のみである。そのため, 一部で供給再開まで抗体確認検査を待つなどの対応が求められた。スクリーニングICA, 確認ICAのいずれも国内に代替品がないことから, 不安定な試薬供給となるとHIV検査体制に影響が生じること, 供給不安における代替手段としても各地域における検査機会の多様化は重要であること, が再認識された。
参考文献
- 日本エイズ学会, 日本臨床検査医学会, 診療におけるHIV-1/2感染症の診断ガイドライン2020版(日本エイズ学会・日本臨床検査医学会 標準推奨法)
https://jaids.jp/wpsystem/wp-content/uploads/2020/10/guidelines.pdf - 国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト, 病原体検出マニュアル, 後天性免疫不全症候群(エイズ)/HIV感染症2025年2月改定版
- 須藤弘二, 加藤眞吾, IASR 45: 166-167, 2024
- 須藤弘二ら, HIV郵送検査の実態調査と精度管理調査(2024), 厚生労働科学研究費補助金エイズ対策政策研究事業「HIV検査体制の改善と効果的な受検勧奨のための研究-令和6(2024)年度 総括・分担研究報告書-」, 186-195, 2025
- 厚生労働省健康・生活衛生局感染症対策課, 感発0617第1号通知 別添3, 令和7(2025)年6月17日
- 佐野貴子ら, 民間臨床検査センターにおけるHIV検査の実施状況に関する調査, 厚生労働科学研究費補助金エイズ対策政策研究事業「HIV検査体制の改善と効果的な受検勧奨のための研究-令和4(2022)年度~6(2024)年度総合研究報告書-」, 203-222, 2025
国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所エイズ研究センター
草川 茂 菊地 正 松岡佐織
神奈川県衛生研究所微生物部
佐野貴子
